短編 | ナノ 優しさという名の枷
ルーピン
 亜麻色の髪をなびかせ、部屋に1人の少女が飛び込んでくる。
 午後のティータイムになると、必ず訪れる彼女は、ハリーたちと同学年のハッフルパフ生だ。彼女は、半年ほど前から毎日のようにここへ通っている。

 これだけしょっちゅう顔を合わせていれば、満月の前後だけ体調が悪くなる僕を見て人狼だと気づいてもおかしくない。それなのに半年たっても変わらずに毎日笑顔を届けにくる彼女を、不審に思った時期もあった。


『あのですね、呪文学で分からないことがあったので教えてほしくて……今大丈夫ですか?』
「かまわないよ。だけど、私でいいのかい?呪文学はフリットウィック先生だろ?」
『いいんです。私、先生に教えてもらいたいの。ルーピン先生のほうが優しいもの』


 にこっと笑った時にできるえくぼ。遠慮がちに上目づかいで尋ねるしぐさ。優しく落ち着いた声――。そのひとつひとつがどれも魅力的で、一緒にいるとこちらまで優しい気持ちになれる。

 いつからだろう、僕が君のその笑顔に救われていると気がついたのは。気づいてからは、毎日ナマエを見かけるたびに自然と目で追っている自分がいた。

 彼女はよく告白されているようだが、誰かと付き合っているという話は聞いたことがない。ハリー達の話によると、男友達と話しているところもほとんど見たことがないらしい。

 そんなナマエが、毎日僕のところに来て笑顔を向けてくれる。普通は、期待、してしまうよ。僕は、君の中で特別な存在になれているのではないか……って。


「そうだな、リーマスって呼んでくれたらいいよ」
『えー、ダメですよ。先生を呼び捨てになんてできません』


 少しいじわるな条件を出してみるものの、まじめな君は、僕の予想通りの答えを返す。


『それに、先生優しいから、そんなこと言いつつ教えてくれるでしょう?』


 そう言われたら、何も言い返せなくなってしまうじゃないか。「ナマエにはかなわないよ」と言い、手招きするとうれしそうにかけよって来る。


『私、優しいからルーピン先生が大好き!』


 そう言って笑顔を向けられるたびに僕が少し悲しくなるって、君は知っているかい?“優しいから”その言葉が、僕を苦しめる。

 君をここに閉じ込めてしまいたい。誰からも見られないよう、僕以外に笑顔を向けないようにしたい。けど、“優しいルーピン先生”というレッテルがそれを許さない。

 優しさなんていらない。捨ててしまいたい。でも、君に好きでいてもらうためには、優しくなくてはいけない。優しさという名の枷が、僕の自由を奪う。

* * *

 次の日、授業を終えて自室に戻ると、教科書を抱いたナマエがソファーで寝ていた。
 教科書に添えられるやわらかそうな手。スカートから伸びとすらりとした白い足。寝息に合わせて微かに上下する胸――。そのひとつひとつに、枷が音を立ててきしむのがわかる。僕はそっと後ろ手で鍵を閉め、息を殺して近づいた。


「ナマエ……」


 横に腰掛け、きれいな髪を手で掬う。
 僕が考えていることを知ったら、君は僕を軽蔑するだろう。僕は、優しくなんかない。ナマエが笑ってくれるから、近寄ってきてくれるから、優しく見えるようにふるまっているだけだ。


「ねえ、わかってる?」


 君が、好きなんだ。“リーマス”になりたい僕が、“優しいルーピン先生”でいられるのはなんでだか、わかる?無理やりにでもナマエを手に入れたいという自分に、ナマエの泣く顔が見たくないという自分が辛うじて勝っているだけのことだ。ただ、それだけ。

 枷だけでは足りない。つなぎとめた理性で砦を作る。この気持ちが、決して外へ出ないように。


「ナマエ。起きて」
『んっ……リー、マス……?』


 初めて彼女の口から発せられたファーストネームに心臓が跳ね上がる。不意打ちなんて卑怯だ。上から覆いかぶさるようにして、起き上がろうとするナマエの肩を押さえる。


「今っ……」


 声にならない。今、なんて……。言葉をつまらせ、ナマエを見ると、眠そうなナマエの視線とぶつかる。目をこすりながら『ルーピン先生?』と心配そうに首を傾げるものだから、年甲斐もなく泣きそうになる。

 今のは空耳?もう一度、リーマスって呼んでよ。もう、ただの優しい先生は嫌なんだ。


「……私は、優しくなんかない」


 頬に手を当て、親指で唇をなぞると、ナマエは目を見開いて驚いた。そんな姿を見て、ああ、やってしまった、と後悔した。明日からはもう僕のところへ来てはくれないだろう。


「ごめん」
『待って』


 離れようとする僕の腕をナマエがつかむ。反対の手を顔へ伸ばし、僕を見上げるナマエの顔を見て、今度は僕が驚く番だった。


『優しくなくても、』


 ナマエはほほえみながら、さきほど自分がやられた行為をそっくりそのまま返した。


『優しくなくても大好きですよ、リーマス』


 だめだ。君の口から発せられる呪文は強力すぎる。僕に科せられた枷も必死になって築いた砦も一瞬で消し飛ばされた。


「ナマエ――」


 もう、僕を縛るものは何もない。君を、僕のものに。
優しさという名の枷 Fin.
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