| ナノ

明日は土曜日。
と言っても朝から夕方までみっちり部活で、授業をサボったり寝ることの出来る平日よりもハードな日だ。
だけど明日は普通の土曜日とは違う特別な日。
赤髪の恋人の姿を思い浮かべて、やはり彼には甘いものがいい。
大きなケーキをプレゼントしたらきっと喜んでくれるだろう。
幸村にバレたら「腹がたるんどるって言われるよ」なんてイップスされかねないけれど。
自分の誕生日の前日の子供のようにワクワクしながら、ケーキ屋に足を踏み入れショーケースに並ぶ色鮮やかなケーキを眺める。
甘いものは好きじゃないけれど、女の子や甘党の彼なら夢の空間のように感じるのだろうか、と考えて僅かに口元を緩ませたが、目当ての品の前の値札に書かれた数字に一気に現実に引き戻された。
誕生日のホールケーキ、一番小さなサイズでも3000円以上するらしい。
自分の財布の中身全てを出しても足らないその金額に肩を落とした。
先週買った真田の帽子のせいだ。
持っていたものよりそっくりで、つい買ってしまったけれどあれも中々値がはった
先週の自分を呪っていると「お誕生日ケーキですか?オススメは…」とにこにこしながら近づいてきた店員に曖昧な笑みを返しそそくさと店を後にした。

さぁどうしよう。
来月のお小遣い日まで待ってくれ、なんて言えるわけもない。
いっそ「俺をもらってくんしゃい。」なんて言ってしまえば満足してくれると思うがそんなこっぱずかしいことはしたくない。
ああ困った。
頭を抱えながら通りかかった本屋の前でふと目に入ったものに足を止めた。
仕方がない。これにしよう。



「ブン太ー、今日はごちそうだからね!お腹空かせて帰ってきなさいよ!」
「当然だろぃ?じゃあ行ってきまーす」
「兄ちゃん行ってらっしゃい!!」
4月20日。
いつもより多い起床時の受信メール数、おはようの前のいつもと違う言葉、いつもよりちょっと豪華な朝食に、朝からご馳走作りに励む母親。
今日は俺の誕生日だ。
誕生日は毎年楽しみなものだけれど今年は特別。
銀色の髪色に似つかわしくないかわいいかわいいあいつに祝ってもらえるから。
足取り軽く通学路で、優等生のお手本のように背筋を伸ばした後ろ姿に声をかける。
「はよー、比呂士!」
「…丸井くん、おはようございます。そしてお誕生日おめでとうございます。こちらつまらないものですが…」
「おっサンキュー!」
にっこりと微笑みながら差し出された紙袋の中身の詩集らしきものに言葉を失っていると背後からやかましい声が聞こえてきた。
「先輩たち!おはようございます!…あれ、丸井先輩その袋なんすか?」
「おはようございます切原くん。誕生日プレゼントですよ。」
「え?…あっ!丸井先輩誕生日おめでとうございます!」
「お前忘れてただろぃ?」
「わわわわ忘れてないっすよ!」
「罰としてケーキ買ってこいよぃ。」
「無理っすよ!お金ないっすもん!」
「今日で俺が一番年上、年功序列制だろぃ?」
「それは幸村部長に言ってくださいよ。」
「幸村君に言えるわけねーだろぃ?」
生意気な後輩の頭を小突こうとする俺から走り逃げていった赤也と一連のやりとりに苦笑する比呂士。
楽しい朝だけれど俺の誕生日はまだまだここから、あいつに会ってからが本番だ。なんて心を踊らせながらテニスコートへと足を進めた。


コートにつき、見つけた愛しい背中に声をかける。
「にーおう!」
「おぉ、ブン太。おはようさん。」
振り向いた色白の顔の目の下にはくっきりとしたくまが残っている。
「なんか顔色悪くねぇ??」
「あー、ちょっとゲームに夢中になってしまっての。寝取らんからじゃき。」
「ゲームだぁ?真田に聞かれたら怒鳴られるぜぃ?」
「それは勘弁ぜよ。」
「別に俺はバラさないけどよ。それより今日は…」
何日か分かってるのかよぃ?あまりにも普段と変わらない仁王にそう問おうとすると「あっ、柳生!次の試合の作戦会議じゃ!」
なんて普段は自分から試合のことを考えたりしないのにそそくさと比呂士の方へと離れていく後ろ姿に少し苛立ちを覚えた。
避けられてる…?
いや、まさか。
あいつのことだからサプライズのためにわざと誕生日だと気づいてないフリをしているに違いない。


「誕生日おめでとう、ブン太。これは部員みんなからだよ。」
昼休憩。幸村君が大きなケーキを持ってきて、部員全員に囲まれ誕生日を祝福してもらった。
「健康に良い菓子を詰め合わせてみた。口に合うはずだ。」
「新しい書だ。」
「こんなもんしか用意出来なくてわりぃな…。」
柳に真田にジャッカルに…それぞれ個性的なプレゼントを用意してきてくれて、俺は仲間に恵まれてるなと嬉しく思う一方で、肝心の仁王は祝いの言葉も口にしないどころか俺の前に置かれた大きなケーキをジッと睨んでいる。
「仁王先輩、そんな顔してどうしたんすか?」
「ん?あんなでかいの食いきれんのかって思っとっただけぜよ。」
「丸井先輩なら大丈夫っしょ!めちゃくちゃ美味しそうっすよね!」
「…おん。やっぱりプロなり。」
わいわいと騒ぐ赤也の隣から動くことのない仁王にそろそろ怒りを覚える。
何かしただろうかと考えても思い当たる節がないし、仁王はそんなふうにあからさまに避けたり態度に表すするようなやつじゃない。
頭も心もモヤモヤとしたまま部活が終わり、本人に確かめようと急いで部室へと向かったがそこに仁王の姿はない。
「仁王は?」
「仁王ならついさっき帰ったよ。なんか急いでいたけど。」
「まだ門はでていないと思いますが…」
幸村君と比呂士の言葉を聞いて支度を終えたらしい赤也を捕まえる。
「オイ赤也、走って仁王を引き止めてこいよぃ。」
「何でっすか?自分で行けばいいじゃないっすか!」
「俺の誕生日忘れてた罰!よーいドンっ!」
「…うっ分かったッスよ!」
文句を言いながら部室から出て行った赤也にわざわざ頼んだのは、悔しいけれど赤也なら仁王は足を止めると思ったから。
柳にもらった歯にいいらしいガムを噛みながら校門へと向かうと案の定赤也と談笑していた仁王が俺の姿を見て一瞬気まずそうな顔をしたことに眉をしかめる。
「オイ仁王。俺なんかしたかよ?」
「何もされとらんよ。なんじゃ突然。」
「じゃあ何で避けてんだよぃ。」
「避けてなんかないぜよ。何でそうなるんよ?」
大好きなくつくつと喉を鳴らす仁王の笑い方も今はかんに障る。
俺と仁王の醸し出す空気から何かを感じたのか赤也がお先に失礼しまーす!と帰っていったのを確認してから仁王に向き合った。
「避けてんだろぃ?普段しないくせに急に作戦会議なんか始めたり昼休憩もスルー。今日が何の日か分かってやってんのかよぃ?彼氏の誕生日覚えてないんだか知らねーけど最低だな!」
「…いや…ちょ!ブン太!」
名前を呼ぶ仁王を無視して家へと走る。
家につくと母親は弟たちと買い物に行ったようで、誰もいないリビングのソファーにドサリと寝転がった。
ムカつく。
今日は今までで一番の誕生日と思っていたのにこのザマだ。
たかだか誕生日を祝って貰えなかっただけで当たり散らした自分にも腹が立つ。
仁王にとって俺の誕生日が特別だと思っていた自分が恥ずかしい。
やけ食いだ!なんて柳にもらった菓子に手を伸ばしたとき玄関のチャイムが鳴り響いた。
母親たちが鍵をなくしでもしたのだろうか?と考えながらドアを開けると立っていたのは相変わらず目の下にくまのついた息を切らした恋人の姿。
「…なんだよぃ?」
横目で仁王を見ながら問いかけると、仁王は背中に隠していたのか取っ手のついた白い大きな箱を差しだしてきた。
「…これ。ケーキ。本当は買いたかったんじゃけど金足りんくて…でもでっかいケーキあげたらお前さんきっと喜んで呉れるって思って…昨日作ろうとしたんじゃけどうまくいかんくて、朝になっちゃって、昼に食べたケーキ買いたかったやつじゃったけぇ、俺の作ったのなんかもういらんじゃろって思ったら悲しくて、でもやっぱりこのままじゃ駄目だと思って急いで帰って作ってきた。ちゃんとブン太の誕生日お祝いしたくて…」
目の下のくまは俺のために徹夜していたから。
調理実習すらロクに参加しないくせに。
泣きそうな顔をしながら話す仁王の身体を引き寄せてギュッと抱きしめた。
「お前俺を見くびりすぎ。ケーキくらいいくらでも食えるし部員からのとお前からのが一緒なわけねーだろぃ。」
「…見た目も悪いし味もひどいぜよ?」
「仁王が作ったもんならどんな有名店のケーキより俺にとっては綺麗だし美味い」
「…人の味覚はそんなふうに変わらんじゃろ。」
「俺の味覚は特別なんだよぃ。」
そう言って少し体を離し仁王の顔を見ると仁王はが見フワッと笑いながらケーキの箱を俺の手に掴ませた。
「誕生日、おめでとさん。」
やっと言えた、と息を吐く仁王。
疲れているようだし今日は返してやろうと思ったけれど、箱に添えられたメッセージカードを見て悪いけど離してやれないなと苦笑した。
「仁王、あがっていくだろぃ?」
「…襲わんって約束してくれるなら。」
「約束する。…多分な。」

メッセージカードに並んだ文字。
『来年はもっと美味しいの作るぜよ。リベンジじゃき。』
来年も再来年もその先も…それこそプロのようなケーキを作れるようになってからも…ずっとずっと永遠に4月20日をこの腕の中の恋人と過ごしていたい。
そう強く思った。






「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -