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日曜日というだけあって、恋人やら家族やらサークルの大学生やらで平日よりさらにごった返している人ごみの中で一際目立つ頭を見つけて手をあげると、こちらに気付いた彼が小走りで向かってきた。
「すまん。待たせたかの?」
「いや、俺もちょうど今きたとこや。…それより急に呼び出してしもて、勘弁な。」
「別に構わんぜよ。ちょうど飯食い終わって暇してたけぇ白石はもう食ったん?」
「おん…さっき仁王の好きそうなバー見つけたんや、良かったら行かへん?」
「俺の好きそうなバー?そりゃ楽しみじゃき。」
そう言ってニッと口角をあげた仁王にほっとして笑みを返し、人ごみから離れ閑静な通りの小さな店へと仁王を案内する。
「地下なんやけどええ?電波通じへんらしいねん。」
「ええよ。そんな急用とかないじゃろうし、学校の奴らは無視したって…」
「跡部くんは?」
バーの入り口へと階段を降りながら、彼の顔を見ずに、笑顔を崩さないよう努めながら問いかける。
「跡部?あいつじゃって同じじゃき。後で適当に返せば問題なかよ。なしてそんなこと…?」
「友達と彼氏は違うやろ?跡部くん束縛激しそうやしなぁ。」
「やっぱりそう見えるんか。」
話題の恋人のことを思い浮かべたのかクツクツと楽しそうに笑う仁王の背中にそっと手をあて、バーの中へと導く。

「へぇ…確かに俺の好きな雰囲気じゃき。たまたま見つけるなんてさっすがイケメンってところかの?」
「なんやそれ…仁王にイケメンなんて言われたら鼻が高いわ。」
落ち着いた雰囲気でダーツも備え付けられていて、照明は落とされていてキャンドルの灯りが揺れている。
夜の海のような雰囲気のこの店を雑誌で見つけた瞬間にきっと喜ぶだろうと、仁王の笑顔がすぐに浮かんだのだ。
”たまたま見つけた”なんて嘘が中学時代ペテン師と呼ばれた彼に通じているのだろうか?
恋人がいる、友達である仁王に本心を悟られるわけにはいかないけれど、今夜だけは過ちを許してはもらえないだろうか?

仁王への気持ちに気付いた時は、まだ仁王に跡部との特別な関係はなかった。
全国大会決勝で自分にイリュージョンする仁王に、地味だといわれ続けた自分のテニスを受け入れ、色をつけてくれた仁王に一目惚れし、謙也の協力でアドレスを手に入れて何度もメールのやりとりをした。
テニスをしている姿からは想像のできない優しさや可愛らしい一面を知って、仁王の虜となるのに時間はかからなかった。
仁王とずっと一緒にいられるんだと、意気揚々と向かったU17合宿。
仁王と跡部との仲に違和感を覚えたのはこの時だった。
ダブルスを組んだだけなら勝つためだといえただろう。
2人のダブルスにかける異様なまでの思い、あまり進んで人と絡まない仁王が跡部といるときに見せる笑顔は単なる仲間や友人とは思えなかった。
東京の高校に進学し、幸村に2人が付き合っていると聞いた時”目の前が真っ暗になる”というのはこういうことなのかと実感した。
大阪と東京、中学生がそう簡単に行き来できる距離ではない。
もしも自分と仁王がもっと近くに住んでいて頻繁に会うことが出来ていたなら、仁王の隣は自分の場所だったかもしれないと、当時は思ったけれど、例え跡部と自分の住む場所が逆でも、仁王は彼を選んだのだろう。そう思うくらい跡部といる、仁王はどんなときより幸せそうで、その姿に苦しくも自分にその笑顔を向けてほしいと、思いは増すばかりだった。

「ご注文は?」
「ほな、俺はバーボン…仁王は?」
「んー、チャイナブルーお願いしますき。」
「かしこまりました。」

「ダーツもあるんじゃの。俺のドストライクぜよ。お前さんの嗅覚は凄いのぅ。」
違う。本当はずっと前から君を連れてきたかったんだ。
その笑顔を自分に向けてもらえることを期待していたんだ。
「失礼します。」
バーテンダーに差し出されたグラスを受け取る仁王の指に光る高級そうな指輪を見て、口にしそうになった思いを飲み込んだ。
指輪を見つめる仁王の顔はとても幸せそうで、彼の気持ちはここにはないのだと思い知らされた。
いっそその小さな宝石目当てだと、そう言ってくれたらどんなにいいだろう。
決してそうではないこと、お金や地位な
て一切関係ないだなんてことは痛いほど分かっているのだ。
仁王の前に置かれたグラスの中身のブルーはその宝石の送り主の強い瞳と同じ色をしているな、と思うとひどく苦しくて、手にしていたバーボンでカラカラになった喉を潤した。
君の心がどこにあろうとも、グラスが空になるまでは君は俺のものだと、いっそ縛りつけてここから逃れられないようにしてしまいたいなんて、少し酔い始めてるようだけど、紛れもない本心なんだ。

元々口数の多くない仁王と自分との間に沈黙が流れるたびに、仁王の口から出てくるのは決まって彼のことだ。
「この間なんか遊園地貸し切りするとか言うたんよ?人ごみ嫌いだろって。そりゃ人ごみは嫌いじゃけど貸し切りの遊園地は違うじゃろ?跡部はやっぱり変わっとるぜよ。」
「仁王のこと想ってやってくれてるんやろ?」
「それは分かっとるけどー」
唇を尖らせながらもとても楽しそうに話す仁王に、作り笑顔もどんどん崩れてくる。
もっと酔っ払ってしまえばいいのに。
そうして俺の肩にもたれ掛かってくればいい。
その体を抱きしめて、優しく介抱してあげるから、そのまま終電を越えて帰れなくなればいい。
そうしたら君はずっと俺の…
そんな俺の気持ちを知ってか知らずか尚も彼の話を続ける仁王の言葉を遮るためにタバコに火をつけた。
「あっ!今日って14日じゃったか!」
再び流れた沈黙を、仁王が破る。
「…そうやけど?」
「お前さん誕生日じゃろ?」
「…おん。」
「うわー日付の感覚なかったけぇ何ももってきとらん…」
そう言って頭を抱える仁王の姿が嬉しくて、自分の誕生日に気付いてくれたこと、お祝いを持ってきてないと悔やんでくれるだけで俺は十分だった。
それと同時にもしも仁王が自分の誕生日を祝ってくれたら、思いを口にしようかと、気づいてもらえなかったらこの思いとはさよならをしようと思っていたから、本当に口にしてしまおうかと心臓の動きが速まるのを感じた。
「そんな…何もいらんて。」
「隣に誕生日の友達がおるのにそういうわけにはいかんぜよ。ひとまずここは俺におごらせてくんしゃい!」
「ほなお言葉に甘えさせてもらうわ。」
意外と律儀なところも、愛おしくて仕方ないのだ。
「なんか欲しいもんないん?」
「特にあらへんなー。」
「エー…。」
あからさまに眉をしかめる仁王に、君が欲しいと、俺の元から離れないでと口にしたらどうなるだろうか?
「とりあえず…誕生日おめでとさん。」
「おおきに。」
重ね合わせたグラスに残るバーボンとチャイナブルーがなくなれば君は彼の胸のなかへと戻ってしまうのだろう。
おめでとうの言葉だけで、今までで一番の誕生日となったけれど、もう一つだけプレゼントがほしいなんて欲がでてしまうのは酔っぱらってるせいなのか。

「白石、ちょっとトイレ行ってくるの。」
「おん。行ってらっしゃい。」
行ってらっしゃいってなんじゃ。と笑う仁王の背中を見送り、再びタバコに火をつける。
健康オタクと呼ばれていた自分がタバコを吸い始めたとき、周囲は随分驚いていた。
今でも同年代の奴らよりは健康に気を使っているし普段はタバコなんて吸わないけれど、仁王のこととなると完璧でいる余裕がなくなって、ついついタバコに逃げてしまうのだ。
おそらく…帰らないでくれと言えば、仁王は何も不思議に思うことなく一緒に夜を明かしてくれるだろう。
誕生日を祝ってくれる恋人のいない寂しい友達を慰めてやる…たったそれだけのことだ。
問題なのは自分が仁王に向ける抑えることの出来ないこの思いが、決して友情ではないということ。
お酒の力を借りて誕生日であることを利用して、仁王を彼から奪ってしまいたい。
そんなことを考えながら煙を見つめているとポンポンと肩を叩かれた。
「おぉ、遅かったな。」
「これ、プレゼントじゃき。小学生かって感じじゃけど。」
にこりと笑って差し出された手の中には紙で作られた カブト虫。
「これ…どないしたん?」
「お前さんカブト虫好きじゃろ?トイレで折ってきたんよ。」
「紙なんてあったんか。」
「大学の講義のプリントじゃけどな。」
「そらアカンやろ。」
「大丈夫ナリ。講義より白石の誕生日の方が大切に決まってるじゃろ?」
「…本間に変わっとるなぁ…でもおおきに。めっちゃ嬉しいわ。」
紙製の、凝った造りのカブト虫を受け取って、目頭にこみ上げてくる熱いを隠すように残りのバーボンを一気に飲み干し時計の針に目をやった。

どうか今夜は、君を離さないことを許してほしい。
こんな風にさせたのは全て君なんだから。


一応白石誕生日文のつもりだったんですが、白石や蔵仁好きさんすみません!
平井/堅さんのeven/ifって曲聞いてから書きたくて書きたくて!

チャイナブルーっていうのは必死に調べました(笑)
綺麗なブルーで、ロングカクテルといってゆっくり飲むカクテルらしいです。
友達として白石といるからこそ跡部の存在がありながらもバーで二人切りで長くいるのを良しとする仁王。
一緒にいれて嬉しくも友達でしかないこと、気持ちは跡部にしかないことが辛い白石。
プレゼントなんて期待してなかったのに反則だと。

奪ってしまいたい葛藤と戦ってます。
この先どうなるかは…みなさまのお好きなように(笑)
要望があれば続き書きます!

以上!

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