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この話の続き

跡部を追い出した後、仁王はロビーで自身の気持ちとは正反対に美しく星が瞬く夜空を見上げていた。
その視線を左腕へと落とし、唇を強く噛みながら拳を握り、また開く。
「今夜は空が綺麗ですね。」
「…なんじゃ。柳生か。」
横からかけられた親友の声に仁王は振り向かずに答える。
1「夜空を見上げてるなんて珍しいですね。」
「なんとなくじゃき。星を見て物思いにふけるんはお前さんの専売特許じゃろ?」
「そうですね。こんな日はポエムを書くのにうってつけです。」
なんてことのない会話をしながら、どちらともなく近くのソファーへ腰をおろす。

「改めて…仁王くん、代表バッジの獲得おめでとうございます。」
「ありがとさん。」
「私もバッジを獲得しなくてはなりませんね。」
「おん。頑張りんしゃい。お前さんは俺よりよっぽどペテン師じゃき。きっと獲れるぜよ。」
「また人聞きの悪いことを…でも私も代表になったら世界大会でダブルスがしたいですね。」
「…そうじゃの。世界に通じるペテンを考えないといかんの。」
クツクツと笑う仁王の瞳をじっと見つめて柳生はクスリと微笑みかけた。
「楽しみですね。」
「おん。…じゃあ俺はそろそろ部屋に戻るぜよ。」
「あまり夜更かしして樺地君に迷惑をかけてはいけませんよ。おやすみなさい。」
「分かっとるぜよ。お前さんは俺の母親か。」
そう言っていつものようにニヤリと笑って背中を向けた仁王に気付かれないように、柳生は小さくため息をついた。


翌日。
「行くぞ、仁王。」
9、10番バッチを賭けた入れ替え戦に跡部が名乗りをあげたことに周囲はどよめいた。
それもそうだろう。
跡部は生粋のシングルスプレイヤーで、ましてや仁王とペアを組むだなんて誰が想像しただろう。
跡部が求めているのは自分ではない。
自分が演じる手塚国光の姿。
それでもいいと思った。
跡部が求めてくれるなら、ピエロにだってなってやる。
本当の感情を悟られてはならない。跡部にも、周りの奴らにも。
仁王はそっと息を吐き、ポーカーフェイスで立ち上がった。
「待っとったぜよ。」

さすがは上位ナンバー所持者なだけあって、越知・毛利は強い上にコンビネーションも完璧だ。
そしてと精神の殺人者とも呼ばれる越知に苦戦している跡部の姿。もしもここに立っているのが自分ではなく手塚だったならば、彼を支えることが出来たのだろうか。
仁王は顔が歪みそうになるのを、溢れそうなものを眉間に力を入れ堪えた。

「跡部よ…もう打たんでいい。」
どんなに精度を磨いても、どんなに足掻いても、イリュージョンは模倣でしかない。
本物に近付くことは出来ても本物にはなれない。
それでも…跡部が求めてくれた手塚の姿に、少しでも近付いてみせよう。
そうすることで、この試合の間跡部の心に手塚として居場所が与えられるのなら…

零式サーブに手塚ファントム
腕への負担の大きさはこの場にいる全員が把握していた。
「仁王さん!」
「今後テニスが出来なくなるぞ…!」
腕に走る痛みに表情が険しくなるのを抑えきれない。
ここでやめればまだ選手生命に影響はない。
負けたところで既にバッチを確保しているのだから代表にはなれる。
全て理解している。
世界大会、そして何より高校で…またあいつらとテニスがしたい。
果たせなかった全国三連覇を今度こそ…
それでもやめるわけにはいかなかった。
ひとりなら…ひとりならここまで無茶はしない。
どんなに腕が痛んでも肘が悲鳴をあげても、指一本動く限り…ファントムでも何でも打ってやる。
手塚を演じてみせる。
「仁王!これ以上ファントムを打つな!」
インサイトで仁王の限界に気付いた跡部の制御に、仁王はおびただしい量の汗を流しながら痛みに歪む口元を必死に持ち上げた。
「跡部よ…俺は誰ぜよ?」
それは跡部への言葉であると同時に仁王自身への問い掛けでもあった。
手塚になりきれているだろうか?
跡部の期待に応えられているだろうか?
跡部への思いを持ったまま手塚を演じる自分は誰なのだろう?

「仁王がここまで仲間のために…」
「仁王先輩!もうやめてください!」
普段の飄々とした態度からは想像のできない仁王の姿に立海のレギュラー陣は驚きを隠せない。
根は真面目だし本当は仲間思いな奴だ。
それでも今後の全てを犠牲にしてまで無茶をするなんて。
驚き、必死に仁王を止める仲間の側で柳生だけがそっと呟いた。
「…止めませんよ。今の彼は。」
押し上げた眼鏡の分厚いレンズの向こうの表情には誰も気付かない。

零式サーブとファントムを打ち続けた仁王はついに腕を押さえ崩れ落ちた。
「仁王ーーーー!!」
確かに自分自身の名前を叫ぶ大好きな彼の声。頬を流れるのは汗のはずだ。
役立たずと悪態つきながらも支えてくれるその腕を離さないでほしいなんて、どうして思ってしまうんだろう。


どちらが勝ってもおかしくない状況だ。
すっかり持ち直した跡部の姿に仁王は自然と笑みを零した。
「おまんの美技に…酔ってやる…ぜよ。」
言いながら、もうとっくにどうかしてるくらい跡部に酔ってると思った。
初めて見た時からずっとずっと好きだった。
鋭い観察力故に跡部が手塚を見ていることも分かっていた。
ネット前に倒れ込みながらも、シンクロ…ダブルスの奇跡を跡部とすることで、跡部と繋がってると思うと嬉しかった。
そんな感情を全て振り払うように仁王は頭を左右に小さく振った。

迎えたマッチポイント。
落ちてくるボールに跡部は追いつくことができない。
仁王はもう力の全く入らない腕で、跡部を代表に…その気力だけで身体を支え腕を伸ばす。
「これは…ダブルスぜよ。」
ボールはネットを越え向こう側へと転がった。
ゲームセット。自分たちの勝利を告げるコールと周りの歓声に仁王は身体を支えていた腕を折り倒れ込んだ。
黒服に連れて行かれる仁王は、「いいダブルスだった。」という賞賛の声も苦しげに自分を見つめる跡部の視線にも気づかなかった。


応急処置を終え与えられた特別室で電気もつけずに動かなくなった左腕をじっと見つめていた。
動かすことのできない痛む腕はまるで仁王の心を表しているようだった。

ドアをノックする音に、立海の仲間が来たのかと、わざと間延びした返事をする。
「はーい。どうぞー。」
「俺だ。入るぞ。」
返ってきた声、入ってきた予想外の人物に仁王は上半身を起こしかけたまま固まった。
「…なんじゃ、跡部だったんか」
何重にも包帯が巻かれた仁王の左腕を見て跡部は頭を下げた。
「……?」
「腕を壊すほどお前に無茶させたのは俺だ。お詫び…になんてならないだろうが何か望むことがあれば、何でも言え。」
「別にお前さんのせいじゃなか。俺が自分で決めてやったことじゃき。」
偉そうな態度をとりながらも、本当は仲間思いで責任感のあるところも、やっぱり好きなんだと改めて思う。
「それでも…それじゃ俺様の気が済まねーんだよ。」
「お詫びと言いながら強制するんかい。」
フッと笑って考える。
お詫びなんかいらない。
跡部は何も悪くない。
しかし…この優しさにつけ込むことは許されるだろうか?
思いを口にすれば、全てが終わる。
跡部を、跡部の大切な人を傷つける。
それでも一度でいいから、最初で最後でいいから…
自分自身を、自分だけを見てほしい。
そこに愛なんてなくても構わない。
名前を呼んで、温もりを与えてくれるのなら…
「…抱いて?」
「え……??」
俯いていた顔を上げ、跡部の青い瞳をじっと見つめながら、ベッドから降りる。
「おい…あんまり動くな…」
制止する跡部のジャージを右腕でぎゅっと掴み跡部の顔を見上げた仁王は切なげな笑みを浮かべる。

「一度でええ…今だけでいいから…俺だけを見てくんしゃい?」

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