本当の僕を | ナノ
テニスをしなくなれば唯一の接点が無くなり会わなくなる。
会うことがなくなれば、こんな無謀な感情もいずれ無くなるだろうと思っていた。
一目見るだけで嬉しくて、切なくて、こんなぐちゃぐちゃな気持ちになることが無くなるんだ。
そう思っていたのにU17選抜合宿に自分も、彼も、そしてあの男も招集されるだなんて神様の存在なんか信じていないけれど、このときばかりは神様は意地悪だ。と思わずにはいられなかった。

俺の好きな人には恋人がいる。
久しぶりに見た跡部は手塚の隣で相変わらず偉そうな、それでいて凄く楽しそうに笑っていて…
跡部の横で堅い表情を少し和らげる彼に、俺はなれなかった。
中学最後の大会でのイリュージョンだって、跡部の恋人にだって、俺はなれなかった。
手塚国光にはかなわない。
手塚国光にはなれない。

同士討ちで柳生に負けて、今度こそ会うことがなくなると思ったのもつかの間、革命だのなんだの言って始まった修行に、俺は柄にもなく本気で取り組んだ。
イかれた修行でクタクタに疲れてしまえば、余計なことを考えなくて済む。

「オイ樺地、桃城を担いでやれ。」
「ウス。」
「仁王さん…!」
「プリッ」

それなのに、跡部にイリュージョンし樺地と親しくし、結局跡部を忘れたくなくて縋っている自分は…恋人になれないのなら跡部本人になることで跡部を感じていたいと思う自分は…それこそコーチよりイかれているな。
そう思うとなんだかおかしくては渇いた笑いが零れた。

「どうした仁王、突然笑い出して。」
「…参謀か。ただの思い出し笑いじゃよ。」
「そうか。しかしお前がこんなに真面目に修行に取り組むとは珍しいな。弦一郎も喜んでいた。」
「失礼じゃの。俺だって本気になることくらいあるぜよ。」
「いつもそうならいいのだが。」
「常に熱くなっとるんは真田くらいじゃき。」
「それもそうだな。」
参謀とクツクツと笑いあう。
こんな風に負け組の奴らと適当にいつまでも過ごしていたいけど、そのうち2人のいる合宿所へと戻らなければならないんだろう。
食料も寝床もまともに確保出来ない誰もが逃げたくなるような悪環境にいる方が跡部と手塚を見るよりよっぽどマシだ。
それでも2人の姿を見せつけられ続けたら、流石に踏ん切りがつくのだろうか?
ゴツゴツした石の上で毎晩そんなことを考えた。


「先輩たちお久しぶりっす!…って仁王先輩その顔どうしたんっすか?!」
「ちょっと岩が落ちてきたり鳶に追われたりしてのぅ。」
「岩?!鳶?!」
「いったそー。でも仁王が怪我するくらい真面目になってたとか信じられないぜぃ。」
「参謀と同じこと言うんじゃなか。」
修行を終え合宿所に戻ってきた俺たちに駆け寄ってきた赤也やブン太たちと談笑していて、コート上に手塚の姿がないことに気がついた。
「手塚がいないようだがどうしたのだ?」
「あぁ、手塚ならドイツに行ったよ。テニスをやりにね。」
真田の問いに返した幸村の言葉に一瞬思考が止まった。
「跡部さんが後押ししてたんっすよ。ビックリしました!」
「へぇー。」
さも興味がないかのように装っていると、ふと跡部と目があった。
その目は気まずそうに逸らされて、全てを悟った俺は小さく自嘲した。
肩をポンポンと叩かれ振り向くと柳生が「包帯とれかかってますよ、直しましょうか?」
と呆れたように笑う。
「おん。よろしく頼むぜよ?」
いつものように口角をつり上がらせる仁王の気持ちを知ってか知らずか柳生は跡部の見えないところへと連れて行った。

「はい。出来ましたよ。」
「おん、ありがとさん。」
「こんな所にいたのかよ。仁王、探したぜ?」
手当てを終えたところでかけられたその声に必死にポーカーフェイスを作る。
「なんじゃ跡部。」
歩み寄ってきた跡部に一瞥し、「私は先に失礼しますね。」と離れていった。
「お前、随分と樺地と親しいようだがどういうつもりだよ。あーん?」
「別に俺が誰と仲良くしようと関係ないじゃろ?…あ、樺地に会いに俺たちの部屋来ても入れんからの。仁王王国じゃき。」
「なーに訳わかんねーこと言ってんだよ?」
笑って頭を軽く小突かれる。
やめてほしい。
手塚のことしか見てないくせに、こんな風に構ってこないでほしい。
嬉しくて悲しくて、どうしていいか分からなくなって平静でいられなくなる。
「…手塚にはならんよ。」
「は?」
「俺のところ来たって手塚にならん。」
「何いってんだよ?」
溢れ出てきそうなものをこらえて跡部の言葉を無視して自分の名前を呼ぶ赤也の元へと急いだ。
今だって、目が合ったときだって、自分が送り出した恋人と俺を重ねてること。
俺に手塚になることを求めてることなんて分かってるんだ。


「これで俺もお前さんも代表入りじゃの。」
「ウス。」
「2人でダブルスとか組んだらきっと面白いこと出来るぜよ。」
「ウス!」
数日後の夜、部屋で樺地とお互い獲得したバッジを見せ合い笑いあう。(といっても樺地の表情は変わらないが)
「でも、お前さんと組むには跡部の許可が必要かのぅ?」
「…そんなことは…ないと…思います…」
「そうかのぅ?のぅ樺地、お前さんは跡部と手塚を見てて…いや、何でもなか。」
樺地の跡部に対する思いは俺が跡部に向けている思いとは違うのだ。
純粋に跡部を慕い、跡部の幸せを願っている。
自分もそうなれたらどんなに楽だろう。
突然黙り込んだ仁王を不思議に思ったのか、樺地は鞄から茶葉を取り出しながら言った。
「紅茶を…入れます…」
「おん、ありがとさん。」
樺地の入れてくれた紅茶はクリアで綺麗な水色をしている。
「いただきます。」
「ウス」
跡部の好きなお茶なのだろうか。
口に含むとほのかに甘い香りが広がった。
と、その時勢いよく部屋のドアが開いた
「仁王はいるかぁ!!」
今まさにおもっていた想っていた人物の声に紅茶を吹き出しそうになる。
「うっさいのぅ…なんの用じゃ?」
「仁王…俺様とダブルスを組め!!」
ほら来た。予想通りだ。
「…手塚になればいいんじゃろ?」
「…え?」
「イリュージョンで手塚になってくれって言うとるんじゃろ?」
「…」
「ええよ。俺の手塚イリュージョンの精度上がったけぇ、ビックリするぜよ?のぅ樺地。」
「…ウス。」
「ちゅーわけでダブルスの件は了解したなり。はよ出て行きんしゃい。入国禁止言うたじゃろ。」
「ハッ?!おいっ話を最後まで…」
跡部の言葉を聞き終わらないうちにグイグイ背中を押して追い出した。
こんな顔を見られるわけにはいかないから。
手塚としてでも自分を求めてくれるなら、いっそトコトン手塚になってやる。
技術の面は問題なくなった。
手塚として自分を愛してくれるなら、手塚の代わりでしかなくたって、完璧に演じてみせよう。
そして今度こそ……
そう決意したのに何故だろう?
涙が溢れそうになる。
それが零れないよう上を向き、紅茶を一気に流し込む。
温くなった紅茶はやけに苦味だけが口中に広がった。

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