群青2 | ナノ
連れて帰ってきた男は全身ひどく濡れていて、このままでは風邪をひいてしまうだろうと考えた俺は悪いとは思いながらも着替えさせようと細い体に纏うボロボロの服を脱がした。

今夜は雨のせいもあって随分冷えるのにたった1枚のシャツしか着ていないなんて、と思う俺の目に飛び込んできたのは黒く変色したおびただしい数の傷跡。

治安の悪くなったこの国でこの風貌の男が歩いていたら絡んで来る奴は少なくはないだろう。しかしこのたくさんの傷跡はここ最近ついたものではないだろう。 
もっと幼い頃に…名前も知らない男の身の程を思って自然と顔が歪んだ。


目を覚ました男は俺に気付くとビクビクと体を震わせた。
その姿に体が勝手に動きだす。
腕の中におさまる細い背中の震えを感じながら、傷つける訳にはいかないと、そう強く思うのに自分たちの考えていたこととの矛盾に自嘲する。

それでも今はただ、こいつを見えない何かから救ってやりたいと 強く思った。

頭を優しく撫でてやっていると震えは段々と小さくなってきた。
出来る限り優しく笑いながら問い掛ける
「落ち着いたか?…名前聞いてもいいか?」
「…仁王雅治、いいますき。」
「俺は跡部景吾だ。仁王腹減っただろ?何が食いたい?」
「…あのっ跡部さん!」
俺の言葉に驚きとも困惑ともとれる表情を浮かべた仁王から自分の名前が出たことに何故か口元が緩む。

「呼び捨てで構わねーよ」
「でもっ」
「俺様がいいって言ってるんだからいいんだよ。」
そう言って笑いながら頭をポンと軽く撫でてやる。

「あっ跡部!」
「あーん?」
「あの……ありがとさん。」

不器用にそれでも精一杯、眉を下げ口角をあげ微笑んでみせる仁王を見て嬉しくて、悲しくて、申し訳なくて…
最大限の優しい笑みを返すことしか出来なかった。


跡部景吾と名乗った彼は見たこともないたくさんのご馳走を食べながら色々な話をしてくれた。
まともに返事も返せない俺を責めることもなく笑ってる跡部に不思議と警戒心を抱かなかったのはきっと、その青い瞳の奥にある優しさを感じたから。

ほんの2時間ほど前に出会った人にこんな風に思うなんておかしいだろうし、なんの保証もないけれど、冷え切った心と身体を溶かしてくれたあのぬくもりは優しさだと、生まれて初めて感じたあの温かさは本物だと信じたかった。
信じずにはいられなかったんだ。


食事を終えそろそろ眠りにつこう、仁王も早く休ませてやった方がいいと思いドアの前に立つ仁王に声をかける。
「そろそろ寝るか。部屋ならたくさんあるが…」
ここまで言って仁王の顔を見るとどこか不安げで、俺は仁王を抱き上げる。

「プリッ」
「…?2人くらいならこのベッドで寝ても問題ないだろ。一緒に寝るぜ?」
おかしな擬音語を発する仁王をベッドにおろすと仁王は小さく頷いた。

普段なら自分のベッドで誰かと眠ろうなんて絶対にしなかったが、こいつを1人にしてはいけないと何かが俺に告げたのだ。

ベッドの端に丸まっている仁王を気にしながら目を閉じて随分と時間がたったが一向に寝息がきこえない代わりにブツブツと何かに恐れている呟きが聞こえてくる。
仁王の方を見ると全身を震わせながらごめんなさいごめんなさいと繰り返している。
その身体を抱き寄せ、何かあったのか、過去に何があったのかを再び聞いてみると長い長い沈黙の後にポツリポツリと話し始めた。



「ねぇお母さん、どうして雅治はみんなと違う見た目をしているの?」
「本当にね…気味が悪いわ。家族だと思えないわ。」
「お前が家族だと思われることで周りに何を言われているか分かってるのか?」
男はうずくまってごめんなさいごめんなさいと震える少年の首根っこをつかみ外に投げ出す。
寒空の下で泣きじゃくる少年に向けられるのは冷たい視線だけ。
日本人離れした独特の風貌に加えいいとは言えない目つきをした少年は偏見の多い世の中では家族からも近所からも受け入れてもらえなかった。
見えない場所につけられた傷にも、ボロボロの心にも誰1人気付かない。

5歳になる前に捨てられた少年は孤児院に入れられたが、そこにも幸福はなかった
その容姿は子供たちにとっていじめの原因にしかならず、口を開こうとしない少年に施設の人間も面倒だと見放した。

11歳のとき施設を飛び出したが、その歳にしては大人びた整った顔をした明らかに普通ではない身なりをしている彼を待っていたのは見ず知らずの人間からの数え切れないほどの暴力。

もう慣れていると思った。
冷たい言葉にも暴力にも。
命の危険を感じたときだけ逃げればいいと、どんな仕打ちを受けようとも屋根のあるところに入れてもらえればラッキーだ。
そんな日々を繰り返してきた。


跡部が裏路地で見つけたのは暴行を加えられ放置されている仁王だった。


考えたくもないであろう過去について少しずつ一生懸命話す仁王の背中がなんだかやけに小さく見えて
「俺はその銀の髪も白い肌も金の瞳も綺麗だと思うぜ。」
そう言って抱きしめる力を強くすることしか出来なかった。

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テーマ「人外ファンタジー」
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