群青1 | ナノ
朝から降り続いている強い雨が車の窓ガラスを激しく叩きつけている

道に人気がないせいで普段よりもいっそう目立つ黒いリムジンの中で
1通の手紙を手にした跡部景吾は深くため息をついた。

ぐしゃり。と手紙を握りつぶし窓の外をぼんやりと見つめる。
人気がないのは強い雨のせいだけではない。
自分の身は自分で守ろうだなんて理由をこじつけて、とある国にならって一般市民が銃をもつことを許されるようになり
かつて治安の良かったこの国も夜迂闊に出歩けば命を奪われることが少なくなくなってしまった。

国の最大の財閥の御曹司である跡部景吾は一般市民よりも命を狙われることも多かったが、自分の身の安全よりも気にかけていることがあった。

「どうしろっていうんだよ…」
眉間に皺をよせ舌打ちをした跡部は視線の先に何かを捕らえ、運転手に車を止めさせると傘もささずに車を飛び出した。

濡れるのも気にせず跡部がかけつけた先、タバコや青年誌や酒のビンが散らばっている裏路地には銀色の髪をしたひどく痩せている青年が倒れていた。

同い年くらいだろうか。身長は変わらないのに抱き起こした傷だらけの彼はあまりにも軽かった。

「おい、お前大丈夫かよ?おい!」
身体を揺すっても頬を叩いてもピクリても反応しない。
暴力沙汰に巻き込まれたのか、いや、これだけ痩せているのを見ると元々ロクな暮らしをしていないのだろう。
どちらにせよ関わるだけ無駄だ。ーー放っておけばいい。普段の俺ならそうするだろうしそもそも最初から気に掛けたりしなかったはずだ。

しかし彼に触れていると、彼の顔を見つめていると、なぜだかどうしてもそのまま置き去りにすることが出来なくて服が汚れることも考えず泥だらけの彼を抱き上げ車に戻る。

「け、景吾様…その方は…?随分と汚いーー」
「あーん?クビになりたくなかったら今後一切こいつを汚いって言うんじゃねぇ。」
「は、はいっ!申し訳ありませんでした。景吾様。」

なぜ名前も知らない奴を汚いと言われ腹がたったのかなんて分からなかった。
それでもこの時、名前も知らないお前のことを救ってやりたいと一瞬でも思ったことだけは嘘じゃないんだ。




背中から伝わってくる温もりが温かかった。
なんだかいい匂いもして、眠っているのに泣いてしまいそうだった。

「ーんっ…」
ぼんやりと開いた目に飛び込んできたのは青い綺麗な瞳をした男の顔だった。

思わずビクリと肩を震わせると、彼はフッと笑って俺の髪に手を伸ばしくしゃりとかき混ぜた
「そんな警戒しなくても何もしねぇよ。」

優しく笑って頭を撫でてくる大きな手がなんだか温かくて、ここが何処なのか彼が誰なのか、不安は残っていたけれど不思議と払いのける気にはならなかった。

「裏路地に倒れていたお前を見つけて連れてきたんだよ。」
「ど、どうして?放って、おけば、良かったんに…」

どうにか声を振り絞って問い掛ける。だって、おかしい。こんな見ず知らずの薄汚れた自分を助けてくれるだなんて。

「どうしてだろうな?ま、とにかく俺様が助けたかったから助けたんだよ。文句あるか?」
彼はそう言ってハハッと大きく笑う
そんな人がいるなんて、にわかには信じがたい。だって俺は、俺は今まで……

「そういえばびしょ濡れだったから服を着替えさせたからな。…で、お前の身体の古傷は…」
身体の古傷、その言葉に身体の震えがとまらなくなる。
慣れたつもりでもやはり恐ろしいことに変わりない毎日がフラッシュバックしてくる。

ガタガタと震え続ける身体が突然ふわりと何かに包まれる。
「悪かった。辛いなら何も言わなくていい。…でも1つだけ言わせろ。俺様はお前を傷つけたりしないぜ?」
彼だ。優しく、それでいてしっかりと抱きしめて髪をなでながら「大丈夫、大丈夫。」と繰り返す彼の広い胸に包まれていると震えは止まりなんだか涙がこみあげてきた。

悲しいからでも怖いからでもなくて、きっとこれが"優しさ"なんじゃなって、生まれて初めて感じた温もりと優しさに涙が止まらなかった。

例えこのときの優しさに何か秘密があったとしても
嬉しくて、温かくて、涙を流すことに変わりはなかったんだ。
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テーマ「人外ファンタジー」
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