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あー、しまった。雨じゃん!

今更引っ込みもつかないし、俺は雨の中を駆け抜けた。大通りは雨でも傘を差して歩いている連中が多いから、俺はひっそりと路地裏を渡る。

あっという間にびちゃびちゃだ。着替えなかったから、制服代わりに支給された白いボタンシャツも、マスターとお揃いのエプロンも、ついでに一昨日買ったばかりの革靴も、みんなみんなびちゃびちゃだ。

寒い、まだ春先だもんな。がんがん体温が下がる、やべ、鼻水出てきた。
ポケットを弄る。120円しか入ってない、これ自販機によってはなんにも買えない金額じゃん! 電車も乗れないから家まで徒歩かよ……。

俺はとぼとぼ歩いた。なんで俺がこんな目に。
全部あのマスターのせいだ。いきなりキスなんかしやがって、ふざけんなちくしょう、とんだエセジェントリだ。騙された、エロいキスだった。

ダメ、やばい寒い。やっぱ徒歩は無理か。
店に戻って財布だけでも回収しようかな。マスター、今更なにしてんだろ。

「……智哉くん」

映画とか小説だと、ずぶ濡れの相手を迎えに行くシチュだな。まあ相手ってのは雨に濡れても絵になるような可愛いい女の子であって、どう見ても濡れ鼠の俺ではないけど。

「智哉くんっ。……無視したい気持ちは分かるんだけど、出来ればこっちを見てくれないかな」

あ、ほんとに来た。
マスターは傘を差しているけど、肩とか足元とかはびちゃびちゃに濡れている。もしかして走って俺のこと探したの? 凄い息荒いけど、大丈夫?

「マスター……」
「謝るよ、何度でも。……もう、明日から来なくていい。今月一杯のバイト代は満額出すし、必要なら新しいバイト先も紹介しよう。だから、傘を……」

マスターが傘を差し出してくる。いや、俺もうびちゃびちゃだし、今更感が半端ない。

「マスター、なんで俺にキスしたんですか。マスターは、ゲイってやつなんですか? 男なら誰でもオッケー?」
「……私は確かにゲイだよ。でも、男なら誰でもいいわけじゃない。人並みに誰かを好きになるし、好きな人にしか、こういう事はしたく無い」

おいおい、じゃあつまりもしかしてやっぱり……。

「マスター……俺のこと、好きなの?」

それしか考えられないじゃん!





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