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「マスター?」
「あ、いや……忘れてくれ」
ぴしゃん! ゴゴゴご。
外で雷が瞬いた。ヤバい、なんか怖い。
昔から雷は苦手だ。多分俺には野生の遺伝子が色濃く残ってるんだろうなぁ。
「マスター、外凄いっすね。ゴロゴロ雷鳴ってて」
「そうだね」
マスターはどこか上の空だ。明らかに変。
もしかしてマスターも雷が怖いのだろうか。実は雨が振ると店を閉める理由は、この雷嫌いにあるのでは?
「マスター、もしかして雷嫌いですか? 俺も昔からダメで……」
「いや、雷は別に」
あれ、違ったみたい。これじゃ俺だけ弱点晒したようなもんじゃん!
「……さあ出来たよ」
マスターがカップを俺に差し出す。縁が少しだけ欠けたこのカップは、俺の専用だ。初日に落っことしてしまったものを買い取ろうとしたら、マスターが専用にしてくれた。
ロイヤルコッペパンとかなんとかいう高いブランドものらしいが、マスターは太っ腹だ。
「いただきます……ふひゃっ!?」
ゴロゴロっ、どどどんっ!
腹の底を震わせる雷様の太鼓の音。俺はビビってカップを取り落とす。
割ってなるものかと慌てて空中で掴むが、当然中身はこぼれていく。
「っぁ……ちぃっ!」
「智哉くんっ!」
もろに熱々の珈琲を被った俺は、それでもカップが守れたことに安堵した。
マスターが直ぐにカウンターを抜け出して俺の隣に回り込む。
「はやく冷やさないと」
マスターに肩を抱かれ、俺は蛇口でザパザパと指を冷やした。これ、俺が女子だったらわりと萌えシチュだよな、ごめんよマスター。ごつい野郎で。
痛い、ヒリヒリする。
でもカップは守れたな、其処だけは俺の指グッジョブだ。
「痛むかい?」
「ちょっとだけ。あ、カップはちゃんと無事ですよ!」
「カップなんて、……もともと欠けているんだ、君の手をこんなにしてまで庇うんじゃない」
「いやぁ……あのカップが欠けたのも俺のせいだし。マスターが俺専用にしてくれたから、勿体なくて」
俺が誤魔化すように馬鹿な笑いを浮かべると、肩を抱くマスターの左手がきつく俺の肌に食い込んだ。
え、あのマスター、痛いしなんか怖いんすけど?
「…マスター? もう手、離してほしいんですけど」
「……智哉くん、すまない」
あれ、なんで謝られたんだろ。悪いのはカップひっくり返した俺なのに。
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