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「……坊ちゃん、私に何か言うことはありますか?」
「……ごめん。ほんとに、ごめんなさい」

私はズタズタのスーツと中だしされたお尻の始末に追われて頭を抱えた。
スーツは予備が一着後部座席のシート収納に収まっていたのでそれに着替え、お尻はウエットティッシュで自分で拭った。坊ちゃんがやりたがったが黙殺する。

「……巴」

坊ちゃんが私の肩に頭を乗せる。

「好きだ。本気なんだ。……俺、卒業したら留学するって聞いてるだろ?」
「……ええ」
「あのな。親父には俺から言うから……着いてきて欲しい。俺の側に居てくれ」
「……」

私はそっと坊ちゃんの頭を起こし、運転席へと座る。
キーを回し、発車する。予定の時刻を大幅に過ぎていた。きっと私も坊ちゃんも旦那様にお叱りを受けるだろう。

「……坊ちゃん。先のことはまだ、わかりません。私はあくまでも、あなたのお父上に雇われる身の上ですから。私は旦那様に従います」
「……」

坊ちゃんは静かに聞いている。少しだけピリピリした空気を感じたが、私は気にせず続けた。

「それにあなたはこの財団を背負う身の上です。結婚も出来ず、子供も作れない私などでは……」
「それは……けどっ」
「……ですから、坊ちゃん。お気持ちは大変嬉しいのですが、今すぐ受け入れることは出来ません。……もし、坊ちゃんが、その……私を想って下さるのなら……残るにせよ、着いて行くにせよ、私は何年でも待ちます」
「……それって」

坊ちゃんが後部座席から身を乗り出して、運転席の私の頬に顔を寄せた。

「つまり、俺がいつか会社継いだらOKってことだよな?! ……った! やったぞっ! 今すぐ親父殴り飛ばして椅子ぶん捕りたい気分だ!」
「坊ちゃんっ、お静かに。そんな物騒なこと仰らないでください。……先ずは部屋に戻られたら速やかにシャワーを浴びて、それから身支度。来賓の方には遅れた非礼を詫び、旦那様と奥様には」
「わかってる! ちゃんと全部やるからっ……だから、少しだけ浸らせろよ」

ちゅ。また、坊ちゃんが私の頬にキスをした。
私はそれきり黙って車を走らせる。坊ちゃんも黙っている。

やがて、屋敷についたころ。
坊ちゃんは静かに口を開いた。

「巴。……愛してるぞ」

ええ、坊ちゃん。私も愛しています。
まだまだあなたは手の掛かる人ですが、それらも全て含めて、お慕い申し上げます。

「坊ちゃん。ハッピーバースデイ」





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