「花火、ですか?」
「はい、貰ったんです。佐久間さんもやりませんか」
そう言って彼女が包み紙から開いて見せたのは線香花火だった。数は少なく、ほんの十数分で終えてしまいそうだ。「皆でやるには…」と返答しかけると、彼女は俺の口近くに自分の人差し指を持ってきて、しぃっと言った。
「数が、そんなにないからみんなには内緒なんです」
「はあ……」
「じゃあ、晩御飯が済んで、そうですね……1時間後くらいに勝手口のところでやりましょう。待ってます」
彼女はそれだけ言うと、買い物に行かなければならないからと足早に去って行ってしまう。その足取りは軽く、いつもより弾んでいた。なぜ自分にだけ言ってきたのだろうか。彼女は、自分が来る前からD機関で雑務係として働いていたと聞いている。他に誘いやすい輩がいるだろうに。(見たところ福本や小田切あたりと親しげだった。) 彼女の真意が掴めず、なんともいえない気分を抱えたまま、そこから数時間過ごす羽目になった。
「あっ、佐久間さん良かった来てくれた」
夕食を終えて1時間が過ぎた頃、約束通り勝手口に向かうと、既に彼女はそこで俺を待ち構えていた。夕食の際、そんな話など無かったかのようにしていたので、半信半疑だった俺は、彼女の見せた笑顔にうろたえてしまった。「他の人が来る前にやってしまいましょう」近づいてきた俺に彼女は線香花火をひとつ手渡すと、すぐさま屈んで地面に立てたろうそうくで自分の線香花火に火をつけようとしたので、つられて腰を低くして火をもらった。
パチパチと弾けるさまを見ながら、横目で彼女を盗み見ると、彼女は微笑を浮かべたまま、一心に花火を見つめていた。夕暮れ時、あたりが薄暗くなっていく中で、彼女の横顔が橙色の、淡くやさしい光に照らされている。綺麗だと思った。
「綺麗」
「え!?」
「?」
彼女が不意にこちらを見て言ってきたので、心内を知られてしまったのかと、焦ったが、花火の事だと気付き、「綺麗、だと思います」と首をかきながら答えた。彼女は満足そうに破顔して、また視線を花火に戻した。
どこかで風鈴が鳴っている。吹く風は秋めいていて、夏の終わりを感じた。火が消えるその瞬間まで見逃すまいとしている彼女をもう一度見ながら、心の中で、そうして貴女も、とそっと付け足した。
散菊
企画:夏にまつわるエトセトラ
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