「イルミ君へ。嘘をついて本当にごめんなさい。最愛の人たちを殺したのは私。肺炎にかかっている子どもを放って仕事に出かけて戻ったときにはもう手遅れで。夫は何も責めなかった、でもある日自ら死を選んでしまった。私さえちゃんとしていれば彼等は絶対死ななかったのに。人を救いたくて医者になったのに、大切な人の命も心も救えなかった自分が憎くて、彼等にもう一度会いたくて何度も死のうとしたけれど無理で。よくイルミ君が時間の感覚がおかしいって言ってくれたよね。そうなの、あの時から時間がよく分からないの。目が覚めたら、彼等が横で眠ってるような気がして。あんなに彼等の事が鮮やかに思い出せるのにもういないなんて。私はイルミ君のように死人に価値なんてないと思えないの。のうのうと生きてる自分が憎いっていうのは建前で、ほんとは彼等に会いたいだけ。本当に酷い女でごめんなさい。ずるい女でごめんなさい。私の事は忘れてください。こんな私を愛してくれてありがとう。どうか家族を大切に。」

俺は読み終えると、彼女の手紙をびりびりに引き裂いた。紙の屑が墓の上に静かに舞う。墓石に刻まれているのは彼女の名前。それをひと撫でだけして、その場をあとにした。


「なんで助けたの」

青色のパジャマを着た彼女はベッドから半身を起こし、怒りに満ちた顔で俺をきつく睨んだ。俺は聞こえないフリをして持ってきた花をナースに花瓶に入れてくれるよう頼んだ。

「放って置いてくれたらあのまま死ねたのに」
「一回死んだよ。暗殺者ってのはね、殺す方法と同時に生かす方法も知ってるんだ」

さらに顔をしかめ、そっぽを向いた彼女の左手をとり、恐らく結婚指輪であろうリングを薬指から抜き取った。

「返して!」
「有能な医者でもあるにも関わらず、自分の子と夫を死に追いやってしまった哀れな女は死んだ。だからこれはもう必要ない」
「勝手に決めないで」
「社会的にも存在しない。あんたは自由なんだよ、もう何にも囚われなくていい。好きな事をすればいい。医者にもう一度なったっていい。戸籍は俺がどうにかしてあげるよ」

白いシーツに灰色のシミがいくつも作られる。彼女はそれでも泣き声を漏らさずに、必死に唇を噛みしめて堪えた。

「だけど、もう二度と死のうなんて考えないで。ちゃんと生きて。死を選ぶのは臆病者だ。俺は好きな人がそうなって欲しくはない。あともし良ければなんだけど、俺のお嫁さんになってよ。そしたら戸籍作んのあんまりめんどくないしさ」

指輪も用意してあるんだ、ポケットから銀色のリングを取り出して見せた。

「わたしは、」
「だからその“私”は死んだんだって。今のあんたは過去が全くないまっさら人間だから。まあいいや、よく考えて決めて。一応ここに預けとくね」

まだ何かを言い掛ける彼女の左薬指にリングを通して、立ち上がった。前のリングはあの墓にでも埋めとこう。扉に手をかけ、もうひとつ言おうとした事があったのを思い出し、俺は振り向いた。

「俺のとこは依頼人が死んでしまったら、その依頼は取り消しなんだよ。要するに自殺はお断りって事」
「それを知ってたら頼まなかった」

太陽を背にしてそう言った彼女は、微笑んでいるような気がした。


120402
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