「久しぶり」
そうしてある冬の初め、いきなり彼女から連絡があった。2年間全く会っていないというのに、彼女はまるでつい最近も会ったような口振りだった。
「ね、イルミ君に相談したい事があるの。…会えないかな」
彼女がとても慎重に言葉を紡いでいるのが電話越しでも分かった。きっと大事な話なのだろう。だが仕事が詰んでいた。それにあまり会いたくはなかった。俺にだって気まずいという感情ぐらい存在はする。表には出さないだけで。彼女はいったいどこまで鈍感なのだろう。
断るつもりで口を開きかけた時、脳裏に彼女独特のえくぼが浮かんだ。しかし顔は朧気でよく思い出せない。瞳をかたく閉じて彼女の顔をイメージするのだけれど、暗闇に浮かぶのはぼやけた顔の輪郭と鮮やかなえくぼだけ。目や鼻や口の部分はぽっかりと穴が空いている。どんな風だったっけ。
「イルミ君?」
「いいよ、会おう」
若干瞑想に入っていた俺は、いきなり聞こえてきた音声に思ってもみなかった返答を口にしてしまった。時すでに遅し。彼女は嬉しそうにありがとうと言っている。こうなったら仕方がない。
「仕事終わってからでいい?」
「大丈夫」
「終わったら訪ねるよ。あ、住んでるとこ変わってない?」
「うん。ふふ、この間会ったばかりじゃない」
「…病院行った方がいいと思うよ。まあいいや、じゃまた」
通話を終えてから、前と同じように会話出来たことに一安心して息を深く吐く。自分が思っているより彼女は気にしていないみたいだ。とっとと仕事を終わらせよう。そして会ってみて、彼女が気にしている素振りが全くなかったらまた通ってみるのもいいかもしれない。
少し高揚した体を冷やすかのようにまた戒めるかのように俺の横を北風が勢いよく駆け抜けた。今夜は冷え込みそうだ。
120331