日曜日の昼下がり。

私は買ってきたオレンジを丁寧に一個ずつダイニングテーブルに並べた。いち、に、さん、し。瞬く間にオレンジたちはテーブルの3分の2ほど占領してしまう。ベランダから射し込むあたたかい光は彼らを一層際立たせた。

もうそろそろクリスマス。今年は今はまってる手作りのジャムを皆にプレゼントしようと思うのだ。

「そんなにみかん買ってきてどうしたの」

そんな声と同時に右肩に重みが加わる。見ると、敦が私の肩に顎をのせていた。そしてゆるりと腰に手を回される。彼が舐めている飴のように彼の動作はいちいち甘ったるい。でも、悪くはない。

「みかんじゃないよ。オレンジ」
「一緒じゃん。みかんを英語でオレンジって言うんじゃないの?」
「えー違う気がする。まあいいやジャム作るから離して」

案の定やだ、と言われてますます抱きしめられる力が強くなった。トトロを越す程の身長を持ちながら、敦はいつもこうやって甘えたがる。普通の一般男性がやっていたらかなり違和感や嫌悪感があるに違いないが、彼なら許せてしまう、のはやはり贔屓目で見ているからだろうか。

「そんな事言ってるとジャム味見させてあげないよ?」
「別にいらねーし」
「2キロもあった木苺ジャムをひとりでしかも1日で食べたのは誰だったかな」
「作るのマーマレードでしょ。俺、きらい。だってにげぇもん」
「甘く作るから大丈夫ですーはいもういい加減どいて」

ちゃっかり服の中に入ってこようとする敦の手を軽く叩くと、彼は大袈裟に痛みを訴えた。それでも拘束が解かれないので、私は無言の圧力をかける。彼はこれに弱い。どのくらい弱いかというと、まだ一度もこの圧力に勝った事がないくらいだ。

「けち、けち!」

しぶしぶ私から離れた敦は私に文句を言いながらリビングのソファでふて寝を始めた。そちらの方が都合がよい。彼の方がお菓子作りが得意で、本当は手伝ってもらう方が助かる。しかしつまみ食いの多い彼をいちいち制すのには体力がいるし、とてつもなく面倒くさい。なんせ今回は人にあげる物を作るのだ。尚更だ。ということで、私はひとりでジャム作りを始めた。

オレンジを丁寧に皮と実に分けて、種をとる。内皮は苦いので神経質に取り除いた。20人近くあげるつもりの為、これだけでもかなりの労力がいる。その証拠に軽く汗をかいてしまった。解体作業が終わると、皮を短冊状に切り刻み下茹でにとりかかる。茹でている間に抽出作業だ。日頃のストレスをそこでぶつける。

そうして大鍋で煮詰める頃には日はもうとっぷりと暮れていた。電気をつけていないので、部屋までもが夕焼け色に染まる。

「いいにおいがする」

甘いにおいに誘導されて、巨体が眠りから目を覚ます。敦の影法師がキッチンまで侵入してきて、彼の大きさをあらためて思い知る。たくさん寝たおかげか、こちらに近付いてくる彼の足取りは軽く、機嫌もどうやら直ったようだ。

「味見する?」
「する」

数時間前自分が言った事などまるで忘れたかのように(いや実際忘れてるかもしれないが)、敦は直ぐ様返事をした。私が皿に取り分けていると、早く、と待ちきれないように私の服の裾を引っ張るので、なんだか意地悪したくなった。

「いらないって言ってたからやっぱあげない」

皿を見せびらかしてから出来立てのマーマレードを己の口に含む。うむ、上出来。少し苦味があるが、これくらいなら気にならない。
「あまーい!おいしーい!…謝ったらあげるけど、どうしますか敦く、」

ちゅっ、と軽くリップ音。そのあと、唇をまんべんなく舐められる。

「ほんとだ、すげー甘い」

私が唖然として何も言えずにいると、敦はもう一度キスをして「ちょっと甘すぎるかも」とぼやく。

オレンジ色に染まる彼のしたり顔は、反則だと思う。

マーマレード・リップ

20121025
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