基本的に俺は人に尊敬の念を抱かない。他人が一生懸命努力して得るものの大半が、俺にとってはほんの少しのかかずらいで済んでしまうからだ。ごみ箱にくずを入れるのと同じだ。なんの感慨も、達成したという充足感もない。そして、そんなふうにしか物事を捉えられない自分がたまらなく嫌いだった。
 けれどその考えが最近変わり始めたことを俺は認めなくてはならないだろう。寒空の中、うっかり忘れてしまった手袋に包まれることのない両手をこすり合わせて、再びダッフルコートのポケットに入れる。ポケットの中はずっと寒いままで、それはなんとなく俺のことを歓迎していないように感じられる。思わずため息をこぼし、上を見た。正確には、彼女のいるであろう校舎を眺めた。もういい時間だというのに至る所に明かりが点いていて、流石勉学に力を入れている学校なだけある、とやや呆れながら苦笑した。
 そうなのだ。俺は勉強ができない。なんて言うとまるで有名な本のタイトルのようだが、それは至ってシンプルな事実だ。勉強ということに関してだけは、唯一不得意と言っていい分野であることは間違いない。頑張ればどうにかなるのかもしれない。だがそもそもその意欲が微塵も湧いてこないのだ。
 だからこそ、彼女がひたむきに勉強に勤しむ姿勢は俺の中でとても新鮮で、そしておそらく一生理解できない物事のひとつに入るんじゃないかと思う。理解できないものに対して抱く感情は、恐怖か、あるいは純粋な尊敬のどちらかであると個人的に思っている。つまり俺は、彼女のことをこの上なく尊敬している。
 ちらほらと明かりが消えていき、疲れているのに、それでいてまだどこか物足りないといった感じの表情を浮かべた生徒たちが校門から出てくる。俺の姿を認めた何人かの女子生徒が驚いた顔で横を通り過ぎて行く。俺はほんの少し笑みを作って彼女たちを見送った。笑顔を作ったときに、自分の頬が強張っているのを感じる。いよいよ待ち続けるのも限界かもしれない。元々寒さに強い方でもないし。俺は手袋を忘れたことを本気で後悔し始めた。そして首元のマフラーに顔を埋めようとしたとき、そのマフラーがいきなり俺の首を締めた。もちろんびっくりした俺は反射的に後ろを振り返る。

「何してんの、黄瀬」

 そこには俺のマフラーをぐっと引っ張る彼女がいた。怪訝を通り越してどこか怒っているようにすら見える。けれど俺は彼女に会えた喜びで、そんな瑣末なことはすぐに頭の外へ追いやってしまった。

「**っちのこと待ってたんスよお!お疲れ様!」俺は思わず彼女に抱きつく。我ながら、躾のなってない犬みたいだ。
「待ってたって……それならメールくれればよかったのに!」彼女は寒さで赤くなった白い頬をわずかに歪ませる。
「**っちの驚いた顔が見たかったんス」
「それで」彼女は俯く。
「それでって……?」俺は彼女を覗きこんだ。
「こんなに冷たくなってたのか」
「ええっと……」
「馬鹿か!」

 語気を強めて彼女が勢いよく顔を上げた。そのせいで鼻先程になった彼女との距離に、寒さとは違った種類の赤味を頬に差す羽目になった。

「でも、**に会いたくて……」
「それで風邪でも引いたらどうするの。手なんかこんなに冷たいし」

 口元をぎゅっと引き締めた彼女は俺の手を包み込む。可愛らしい手袋に覆われているので温度は伝わってこないが、不思議とどこか暖かかった。両手でやっと俺の右手ひとつ分くらいの大きさのそれに対して湧き上がってくる感情は、他のどんな物事からも得られない。彼女からしか、貰うことができない。俺は彼女の手を握り返し、非寛容的なポケットに見切りをつけて、彼女の手から暖を取ることにした。

「帰ろ」
「うん」
「コンビニ寄る?何かおごってあげるっスよ」

 いいの?と遠慮がちに言う彼女に微笑みを返す。すると彼女は目尻を下げてはにかんだ。

「黄瀬」
「なあに、**」
「待っててくれてありがとう」

 その言葉に耳まで赤くなってしまった情けない顔を隠すためにマフラーに深く顔を沈みこませたけど、多分彼女にはばれてしまっているのだろう。


テイクアウトに跨って


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私が赤司くんを書く条件に無理矢理書いてもらいました(笑)
想像以上の五反田さん(重要ポイント)のわんこ黄瀬に、読ませて頂く度に禿げそうになってます、家宝にします。
我儘聞いてくれて本当にありがとう!これからもよろしくお願いします!!
121203 かしこ
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