高校2年目の春、ぼうっとしていたら、いつの間にか図書委員に選ばれていた。理由は、赤葦くんってドストエフスキーとか読んでそうだから、らしい。確かに、本は人より読む方だが、残念ながらドストエフスキーは未だかつて読んだ事がない。しかしながらドストエフスキーという響きが、どこか懐かしかった。なぜだろうと記憶を探るため、深い思考に入り始めたところで、黒いおさげが、ふと、頭をよぎる。ああ、そうか、そういう事か。

 そうして気がついたら、今度は、いつの間にか司書不在の図書委員会の会議が終わっており、隔週の金曜日の昼休みが自分の当番になっていた。



「京治、帰ってきてるらしいわよ」
「誰が」

 夜、いつも通りひとり味噌汁を啜っていると、温め直したとんかつの皿を俺の目の前に置きながら母親が言った。即座に返事を返すと、母親は「んん」と言葉を濁らせて、なかなか主語を言おうとしない。和え物の小鉢にかけられたラップを取りながら、再度尋ねる。

「誰が帰ってきたって話?」
「えーとね、うーんと、池の近くに住んでた、いつも髪を2つくくりした女の子。ほらほらアンタが小学1・2年生の時、中学の生徒会長してた子よ。アンタ懐いてたの覚えてない?あの子関西の私大に行ってたみたいだけど、卒業して帰ってきたみたい。図書室?図書館?とにかくどっかで司書として今年の春から働いてるって。実家にはもう住まないみたいで、ひとり暮らししてるって言ってたわよ。この間ちらっと見たけど、相変わらず感じのいい子ね。それにますます綺麗になって」
「名前も思い出せないのに、よくそんなにべらべらと」
「おばさんってのはそういうものなんです。でもアンタと7つか8つ違いだったはずだから、院でも行ってたのかしらねえ。結婚はしてないみたいだけど、あんなに美人なんだから婚約者とかいてもおかしくはないわね」
「ふーん」

 小鉢の底にラップがしっかりと幾重にも折り重なっているせいで、いつもの様にうまく取れない。爪を昨日切ったばかりで、どこか隙間に引っ掛けようにも引っ掛けられない。いや、今日の和え物が自分の好物だから早く食べたくて焦っているのかもしれない。別に、母親の話に動揺しているわけじゃない。しかし、脳裏をちらつくのは、あの2つに結われた黒い髪だった。



 隔週の金曜日当番がとうとう回ってきて、お昼を食べ終え図書室に向かうと、ひとりの若い女性がカウンターの前に立っていた。俺が知っている司書の先生は、定年を間近に控えた小太りのおばあさんだったはずだ。それに横顔が誰かに似ている。俺がドアノブを持ったまま固まっていると、人の気配に気付いたのか、女性がゆっくりとした動作でこちらを見た。

「ケージ、ケージだよね?!」

 まばたきをした次の瞬間、控えめなヒールを履いた女性が俺の元へ駆け寄ってきていて、嬉しそうに名前を呼んだ。けいじ、ではなく、けーじ。「い」を意図的に消したどこか片言な呼び方。ダークブラウンの長い髪が空気を含んでゆるりと揺れる。首から下げたネームプレートには、司書の2つの文字。どうやらあのおばあさんは退官なさったらしい。いや、その前に、この人は。

「ほら、私、覚えてない?」

 ぐいぐいと近くに顔を持って来られ、思わず顔を背ける。するとすぐさま悲しそうに眉を八の字にした。

「あ、あんなに遊んであげてたのに」
「覚えて、ますよ。蜘蛛の巣で作った綿菓子」
「そうそうそう、それそれ。懐かしい!」

 昔通りそのまま喋っていいのか、敬語を使うべきなのか分からず、ワンテンポ遅れて言葉を返す。どう接すれば、と内心冷や汗をかいている俺の気も知らず、彼女は俺の肩を叩きながら笑った。

「まさかケージのいる高校に赴任されるとは思わなかったなあ。いやあね、すっごい心細かったんだよ〜久々の東京!標準語!配属されたばかりで勝手の分からない職場!に加えて若い子達!ていうか、本当にケージだよね?間違ってないよね」
「今更すぎじゃないですか。俺実は田中太郎って言うんですけど」
「ええ?」
「嘘です」
「ケージなんか捻くれた方に育っちゃった?育つのは身長だけで良かったのに」
「そっちの方こそなんか縮んじゃいました?」
「くっ可愛かった少年はいずこ」
「ここですよ」
「変わってないなあケージは。相変わらずじじ臭い菜の花の辛子和えが好物なんでしょ?」
「相変わらずコーヒー飲めないんですか?」
「ふっ甘い、牛乳8・コーヒー2の割合なら飲めるようになった!」
「それコーヒーって言っていい代物?」

 ひと通りやりとりを終えた後、ふへへと彼女はだらしない顔で笑った。小さい頃のやりとりが思い出されて、気持ちが高揚しているのが分かる。自分がもっと表情豊かな人間だったならきっと彼女と同じく笑っているに違いない。

「まあまあ、ケージとりあえずカウンターの中座んなよ。でも本当丁度良かった。今度の休み、ケージの家行こうと思ってたからさ」
「え、なんで」
「だって近所の中でいっちばんかわいがってたのケージだもん。ちなみに私の大学友達とお世話になったゼミの先生はみんなケージの事を知っています。ケージが持ちネタみたいなもんだったんだよね」
「喜んでいいところじゃないよね」
「えっ喜ぶところだよ?」

 約7年間の空白の時間を感じさせずテンポよく会話が進んでいくのはきっと彼女だからなせる技なのだろう。でもこれは、彼女の悪い癖でもある。場を盛り上げたり相手を立てるのがうまいが、そこに深い意思はない。その場が滞り無く済めば彼女はいつだって満足で、その先をわざわざ自分からは作らない。

 彼女を今まで思い出さなかったのは、思い出さないようにしていたのは、互いに涙をこぼし別れたのに、その後一切接触をしてこなかったという事実を忘れたいがためだ。自ら進んで嫌な思いをしたくはない。彼女の事が本当に好きだったから、綺麗な記憶でとどめておきたかった。

 再会出来て嬉しいはずなのに、心の底で仕舞いこんでいた感情が顔を出す。そんなに自分の事を思ってくれていたならば、なぜこの7年間一切連絡を取り合ってくれなかったんだ、そんな事言ったとしても、彼女に他意はないから、納得する答えは返ってこないだろう。

「今図書委員の名簿見たけど、ほんとだ、ケージの名前ある。あっていうことはケージがバレー部の副主将か!」
「どこでそれを」
「ケージのクラスの図書委員ちゃんが、この間の当番の時ね、片割れはバレー部の副主将で忙しいみたいですよって言ってたんだ。しかもバレー部強いんだって?ふうん、そっかそっか。ケージが副主将かあ」
「その顔鬱陶しいですよ」
「ひどい。あ、そうだケージ、いま携帯ある?」
「ありますけど」
「ガラケーか!ケージらしい。ほい貸して」

 半ば奪われるようにとられた携帯の行く末を見守っていると、ポケットから彼女は自身の携帯、iPhoneを取り出して何かをしはじめた。こういう時話しかけても基本生返事しか返さないだろう。仕方なく、俺は机にちらばった紙をひとまとめにする事にした。

 と、机の端に置かれた、付箋だらけの文庫本が目に入る。紀伊國屋のカバーがかけられていた。昔も、昔の彼女も、こうしてよく付箋をしていた。見目は少し変わってしまってけれど、習慣は変わっていないらしい。紙の付箋を使っているのも彼女らしかった。何の本だろう、手を伸ばしかけたところで自身の携帯を眼前に突き出された。

「よし、できた!はい私のアドレス入れといたからもし昼休み部活で来れない時は連絡してくれていいから!」
「それ口頭で俺が言いに行けば済む話じゃあ」
「ああそっか。まあいいや。知っといて損はないでしょ」

 携帯画面に表示された彼女の名前と、電話番号とメールアドレス。彼女とつながる手立て。小学生の俺が知りたくても知る事のできなかったものがすんなり手に入ってしまい、自分を妙な気分にさせる。

「あ、もうそろそろお昼休み終わりだからケージもう戻っていいよ。はい駄賃」
「飴、ですか?」
「うん、懐かしいでしょ。よくあげたもんね。じゃあまた再来週待ってる」

 渡されたのは、ざらめがついた、彼女の好きな大玉の飴玉、のメロン味。

 図書室から出て、飴玉を放り込む。この飴だって、さっきの言葉にだって深い意味はない。分かっていても、期待してしまう自分は、馬鹿だ。



 次の、次の週の金曜は待ちくたびれた時にやって来た。図書室へ向かうと、彼女は何かを読んでいる最中で、しかし、俺の姿に気がつくと嬉しそうに笑って手招きをした。図書室に相変わらず人はいない。

「待ってたよ」
「なに読んでるんですか」
「ん、ああ、カラマーゾフの兄弟」
「それ俺が小学生の時にも読んでなかった?」
「あれは、米川さんのだよ。これは亀山さんの。まあこれも数えきれないくらい読んだけど。卒論はドストエフスキーについてだったし」
「何、が違うんですか」
「えっ訳者!今まで訳といえば米川さんだったんだけどね、亀山さんのはこう現代的でこれはこれで面白いよ。読みやすいし」
「へえ」
「読んでみる?」
「え」
「これなら読みやすいし、ほら。とりあえず1だけ貸すから」

 ポン、と渡された本からは相変わらず紙の付箋がたくさん飛び出していた。ボロボロになっているものや、最近貼られたようなものも見受けられ、彼女が言葉通りたくさん読み返しているのが分かる。

 その中で、数枚セロハンのようなもので出来た付箋を見つけて違和感を覚える。とうとうセロハンの方が、持ちが良いのに気が付いたのだろうか。だとしても今更か、と心の中で笑う。

「ん、ケージどうしたの」
「別に、なんもないですけど」
「可愛くない!」

 20分と少しの時間は、あっという間に過ぎて、時計が昼休み終了の時刻を告げようとしていた。

「ケージ、はい飴ちゃんあげる」
「飴、ちゃん?なんでわざわざちゃん付け」
「えっあーいや、そうかこっちでは飴ちゃんって言わないか。いやー関西に6年も住んでたらすっかり向こうの言葉に染まっちゃって」
「昔から影響されやすいもんね」
「それって貶してる?」
「いいや」
「笑ってるじゃん!もうケージなんて……ああーほらほら時間。じゃあ、また再来週!」

 急かされるようにして背中をぐいぐい押される。彼女の、ほっそりとした指が鮮明に感じられ、思わずどきりとした。

「今日はイチゴ味、か」

 渡された飴をこの間と同じように食べながら来た道を戻る。普段ならこんな口の中を傷つけるようなものを好んで食べないのに、不思議とその痛みが心地よい。

「すみません」
「ん、気にせんでええよ。あっキミ、どこの帰りなん?」
「図書室、ですけど」

 途中、英語科の若い男性教員(確か今年赴任してきた男だ)とすれ違いざまぶつかり、謝ると彼はどこから来たかを尋ねてきた。素直に答えると、男は「ふぅん」と笑いながら俺の事を臭ってくるので、思わず眉間にしわを寄せる。

「キミも、あの子からあめちゃんもろたんやな。あの子ホンマ誰にでもあげるからなァ」

 勘違い、せぇ方がええよ。耳元でそう言われ、一気に身体の熱が上昇するのが分かる。口を開きかけたところで、男がなにかに気が付いて顔を上げた。

「あれ、先生どうしたん」
「あー丁度良かったわァ、ほらこれ、この間貸してくれた本、読み終えたから持ってきたんやけど」
「えっもう読んでくれたんですか」
「うん、おもろかったで。さすが司書の先生だけあるなァ」
「あんま褒めてもなんも出ませんよ。あっていうか先生、うちの本に勝手に付箋つけたやろ!」
「あれあかんかったん?印象に残ったとこつけてみてん」
「まあ、文学出てない人はこんなとこ気にしはるんやなァとは思いましたけど」
「どや、勉強になったやろ」
「ちょっ頭触るんやめてくださいよ。飴ちゃんあげませんよ」
「そんなツレへんこと言わんといてェや。せやなあ今日はソーダ味の気分やな」

 自分の前で繰り広げられる会話に頭がついていかない。まるで映画かなにかを見ているようだった。彼女なのに、彼女じゃない。

「あっケージ、この男になにか言われん、言われなかった?あんまり気にしちゃ駄目だよ。関西の人は口が達者だから」
「えっなんなん、もう生徒に手出してるん」
「ちゃいます!変な言い方せんとってください。ケージはうちの幼馴染、いやちゃうな、弟みたいな、」
「あの、やっぱり、これ返します。部活忙しくていつ読めるか分からないんで」
「そんなの気にしなくていいのに。ケージと私の仲なんだから」
「いえ。じゃあ失礼します。それと、学校ではきちんと苗字で読んだ方がいいと思いますよ。大人なんですから、公私は分けないと」

 彼女は何かを口走ったが、全て聞こえないふりをして足早にその場を立ち去る。遠ざかる中、彼女と、男が関西の言葉で何か言い合うのが聞こえる。早く無くしてしまいたくて、思いっきり噛んだ飴が歯茎に刺さって、鉄の味が口内中に広がった。

 その夜、彼女から短い謝罪のメールが来た。「赤葦くん、気分悪くさせてごめんね」きっとどうして気分を悪くさせたかなんて分かっていないくせに。取ってつけたような出だしがとても憎い。「別に先生が気にする事じゃないですよ」それだけ打って送信し、携帯を即座に閉じる。

 朝が来ても返信は来ず、まるで期待しているみたいだ、と心底自分が嫌になった。期待なんて、彼女に対しては絶対しない方がいい。分かっている事なのに。



 嫌な日は、どうしてこうも早く来るのだろう。重い気持ちで、扉を開ける。扉の音に彼女はすぐ反応して、困ったような顔をして笑った。

「ケ、あ、赤葦くん。良かった、来てくれたんだ。もう来てくれないかなって思ってた」
「当番なんだから来ますよ」
「そ、そうだよね」

 会話が続かず、重い雰囲気になる。それを作ったのは俺じゃない、彼女だ。彼女は喋りかける素振りを何回か見せたが、俺の空気を察してか、結局押し黙った。人がせめてたくさんいてくれればいいのに。今日も人はいない。

「おっおった、おった。あ、"ケージ"くんやんか。あー金曜の昼が当番なん?」

 沈黙を破ったのは、この間の関西弁教員だった。我が物顔で入ってくる感じから、通い慣れている事が分かる。

「そうですけど」
「若い男の子には図書当番なんて地味なんつまらんやろ」
「別に」
「ちょっと先生この間言うたやろ。この子を茶化さんとって」
「別に茶化しとらんって。正直な事言うたまでや。あっせやせや用思い出したわ。今日飲みに行かへん?俺の奢りで」
「えっ」
「なんや嫌そうな顔やな。よう考えてみィこの俺が奢ったるんやで?」
「清水先生と行けばええやないですか。狙っとるんやろ?」
「それがな、振られてん。やから慰めたってェや。それともなんなん、今日予定入っとん?あっもしかして弟で幼馴染の"ケージ"くんと?」
「やからそういうの止めてくださいってば。今日はなんも予定入ってません!」
「ほな、決まりやな!じゃあ俺の仕事終わったら迎えに来たるわ。7時位になると思うから、まあ適当にここで時間潰しとって」
「あーはいはい」

 用はそれだけなのか、それが終わると、男は軽い足取りで図書室を去っていった。彼女は男が完全に去った事を見届けると、机に突っ伏した。

「あー最悪。行きたくなさすぎ」
「というか、メールで言えばいいのに」
「あ、それはない。だって私あの人に学校用のメールしか教えてないもん」
「?」
「あの人、若い、独身の女の先生には片っ端から口説いてるんだよ?先輩からライン見せてもらったけど、凄かった。防衛線張ってたのに、あーしくじった。ケージのせいだ」
「は?」
「いつもだったら”イヤです”ってきっぱりお断りするし、もっとキツイ言葉使うんだけど、こうさ、ケージにそういう、私の黒いとこ見せたくないというか。あとケージがこれ以上絡まれるとこ見たくないというか。そんな事考えたら断るタイミング逃しちゃった。ああいうタイプは話す分にはいいんだけど、やっぱ付き合うとなると苦手だなあ。関西系の大学出身なんて言わなきゃ良かった」

 私は、ケージみたいな、物静かだけど人の事考えてくれる人がいいや。とん、と肩に彼女の頭が乗っかる。期待なんか、しちゃ駄目だ。でも、早くなる鼓動はもはや止めようがなかった。

 その後、ぎこちなかった雰囲気は自然となくなって、昼休みが終わり教室に帰る俺の手には、借り損ねたカラマーゾフの兄弟が、俺の口の中には、ソーダ味の飴玉があった。



 次会えるのは、2週間先か。今回はまた長く感じるんだろう、と思いかけていた土曜の夕方、彼女から着信が入った。脱ぎかけていたシャツを着直して電話に出る。

「もしもし」
「あの、ケージ、部活は?途中?」
「いや今日は早練で今終わったとこ」
「そっか、お疲れ様」
「うん。で、どうしたの」
「あのね、ケージ、私、どうしよう」

”ケージ、私、どうしよう。先輩からチューされちゃった。友達の、好きな人なのに”

 蘇るのはそう言って泣くのを我慢する、セーラ服の彼女の姿。緑の茂みの中で座り込み、どうしようどうしようとうわ言のように呟きながら、俺の細い体に縋った。


「どこに、いるの」
「あの、いつもケージと遊んでた公園」
「行く、から。待ってて」


 彼女は常に人が良くて、近所でも、そしてきっと学校でも人気者だった。人が喜んでいるのが好き、笑っている姿が好き。だからこそ、彼女の性格は一部の人の癇に障る事も多かった。直接的に攻撃を受ける事だって、何度もあった。恋愛もうまくいかなかった。

 そしてその度に、彼女は俺の前で眉を八の字にして「私が悪いんだよ」と涙を目にためていた。だから、俺は。



 俺が急いで帰り支度をするものだから、木兎さんを筆頭に部員はみんな不思議がった。それを全て無視して電車に飛び乗る。昔よく行った公園に行くと、ブランコに座っている彼女を見つけた。首筋の痕。それだけで全てを理解する。


「油断してた。大学でも、一回こういう事があって、気を付けてたのに。どうして、私はこうも駄目なんだろう。みんなは、私の事、誰とも付き合えるいい子だって、褒めてくれるけど、ほんとのところ、私は、ただ、人に嫌われたくないだけなんだよ。誰よりも、きっと人に嫌われるのが、怖い。だから、適当にいい事言って、それでまた、誰かに嫌な思いをさせる」

 彼女の口元に持って行かれた手は、なにかを懺悔するように組まれており、ひどく震えていて、爪が彼女自身の手に食い込んでいた。俺は彼女の手を取り、こわばった両手をほぐすように触った。

「私、私ね、なにかある度に、ケージに泣き事言うのが嫌だった。ケージは、私の上っ面の優しさなんかじゃなくて、本当に、優しい人だから、だから私いつも自分よりうんと小さいケージに甘えて、それじゃあ駄目だって、変わりたくて、わざと離れて、でもやっぱりなにかある度にケージに慰めてもらいたくて、帰りたくなるの我慢して。もう大人だからってこっちに戻ってきたのに、やっぱり私はなにひとつ変われてないんだ。またケージに甘えて、迷惑かけてる」

 零れ落ちそうになる涙を零さないように、彼女は目をぎゅっと閉じた。

「大丈夫、大丈夫だから」
 俺は、いつも気丈に笑っている彼女が自分の前だけでは弱くいてくれる事が、とても嬉しかったんだ。

おみやげみっつに、たこみっつ。
おみやげみっつはだれにやろ。
さようならいう子に、わけてやろ。
背中をたたいてぽんぽんぽん。

 祖母が友人と帰る際に、そして母が泣きそうになった時祖母にそう言って背を叩かれたように、俺が祖母や母にそうされたように。俺は大きな背中を抱きしめながら、小さな手で何回も叩いたのを覚えている。

 いま、目の前にいる彼女の背中は、とても小さくて、俺の腕の中にすんなりと収まった。

「俺は、そういうところもひっくるめて姉ちゃんが好きだよ」

 うめき声が聞こえ、自分のTシャツがじわりと湿るのが分かる。彼女にとって、俺はまだ弟みたいな存在かもしれないけれど、今はそれで充分だ。いつか、もっと頼れる人になって、きちんと思いを伝えるから、それまで待っていて。

おみやげみっつに、たこみっつ。
もらってにっこり、さようなら。
夕焼け小焼けのよつつじで。
あの子もこの子も、ぽんぽんぽん。

 辛い思いをした自分にさようなら。歌が終わる頃には、きっとにっこり。元気が出るおまじない。目元に涙をためつつも笑顔を見せている彼女と手を繋いで歩いた帰り道。口の中に広がる飴の味。そんな日の夕日はいつだって綺麗だった。

さよならを繰り返す魔法
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