※残念ながらタイトル詐欺※
「御幸、終電逃した」
深夜扉を(控えめに)叩き、寝ぼけ眼で出てきた御幸にそう告げると、御幸の目が漫画みたいに見開いた。そりゃそうなるわな。
私は電車で片道20分程度のところにある青道高校野球部の女子マネージャーとして日々サポートに邁進してるのだけれど、最近の部活がハード過ぎて参っていた。それでも去年に比べればまだ、マシになったと、己の成長を一応誇示しておこう。
しかし、気の緩みもあってか、部活の日誌などの作業をしている内に眠りこけてしまった。気が付いたら日付が変わり零時三十六分。終電の時間をとっくに過ぎていた。親に迎えを!と携帯電話に手を伸ばしたところで、そうだ今日は父母とも祖父の見舞いに長野に行っていることを思い出す。
というか電気消したの誰だよせめて中をよく見て消してくれおかげでぐっすり安眠しちゃったよと悪態をつく。(真っ暗ではないと長時間眠れないタイプなので)明日も学校なのにどうしよう。そもそも、一回起きてしまったらもうこんな机に突っ伏して寝る事はできない。どん詰まりな訳である。
しかし、そこである事を思い出す。4人部屋である、ある部屋を、1人で占領している奴がいる、と。
そこで冒頭に戻る。
「はっはっはっ!あんな小屋でガチ寝とか!」
「ちょっと静かにしてよ、誰か起きてきたらどうすんの」
「で、なにここに泊まるわけ?」
「みっつも空いてるからいいでしょ。ていうか朝始発動いたら一旦家帰るし」
「いや俺は別にいいけど」
「いいけど?」
「***の愛しの彼氏が知ったら怒っちゃうんじゃねーいってー!」
「死ね!まじ死ね!つーか大きな声出さないでって言ってんじゃん!」
「まじ最近倉持に似てきたな。ちょっとからかった位で真っ赤になるとか、中学生じゃあるまいし」
「と!に!か!く!泊めてくれるのくれないの!」
「まあご自由に」
「よっしゃ!お風呂行くぞお風呂!はい立って!」
「えっ?」
「お風呂入らない体で寝るのいやじゃん」
「いやいやいや、……あっはいすんません」
御幸を門番にして、ささっとシャワーを浴びる。シャンプーインリンスを使うと髪がゴワゴワになるので極力使いたくはないが、今回はいた仕方ない。御幸から奪った、ではなく快く貸してもらった彼の部屋着を着込む。御幸の匂いは独特な匂いがした。寮生はみんな同じ洗剤を使っているはずなのに、倉持の匂いとは全然違う。なぜだろう。不思議に思いながら脱衣所の扉を開けると、御幸はきちんと待っていてくれた。なんだかんだ言っていい奴だ。普段は本当に性格悪いけど。
「まあ、あの、色々ありがとう。あと」
「なんだよ」
「く、倉持には絶対言わないでよ」
「なにを?」
「だから」
「***が深夜俺の部屋に来て泊まらせろと言った挙句、俺の部屋着をノーパンノーブラでちゃっかり着込んでそのまま俺の部屋で寝」
「いやほんとまじ死んで。てかノーパンノーブラな訳ないじゃん」
壁に立てかけてあった箒を奴の首元に突きつけると、さすがに御幸もやり過ぎたと思ったのか全力で謝ってきたので許すことする。しかし本当に不本意だ。倉持が知ったら、知ったら……。
「どうしたんだよ、入らねーの?」
「倉持、もし知ったら怒るかな」
「笑うだろあいつのことだから。寝こけて終電逃したっつったら」
「いや、そうじゃなくて私が御幸と寝たって知ったら怒るというか嫉妬するというか」
「おいその言い方頼むから他の奴に使うなよ?俺が殺されるから」
明日早く起きて一回家に戻って何食わぬ顔で登校すればバレねーよ、と御幸が背中を叩いてくれたので、その言葉を信じて、少し固いベッドで薄い府掛け布団にくるまる。眠気は意外にも早く来た。
「おい、やべーぞ、もう朝練始まる時間だ」
揺さぶられ、うるさいなあと目を開ける。なぜ目の前に御幸がいるのか、あれ、昨日どうしたんだっけ。
「あっーーー!!!やばい!えっちょっと!帰る!朝練は適当に言い訳しといて!」
鞄やらなんやらを引っ掴み、ドアを勢い良く開けるとゴンッと鈍い音がした。そろりと見ると、ドアの前には人が立っていた。それだけでも十分やばいのに、その人が自分の彼氏ときたもんだ。世界の終わる音がした。
「いって〜つかおい***なんでこんなとこにいんだよ」
「あの、それは、えーと」
「……純さんの声が聞こえる!おい倉持一旦入れ」
御幸が無理矢理倉持を引き入れ、事の顛末を説明する。全てを聞き終わると、倉持は大爆笑した。
「ヒャハハ!だっせー!!爆睡し過ぎだろ!しかもそれで頼るのが御幸とか人選間違えすぎじゃねーか!お前ほんとは馬鹿だろ」
御幸にとっては想定内、私にとっては想定外の反応に少しだけ寂しい気分になる。ちょっとくらいは御幸といたことに怒るとか嫉妬するくらいしてもいいんじゃないの。笑って、終わりとか、そんなの。
「帰る。朝練は出られないから」
「お、おう」
苛立ちを見せつけながらすくっと立ち上がるとさすがに倉持も私が怒っている事に気付いたのか、たじろいだ。それを無視して扉を向かう。扉を強く閉めたのはささやかな私の挑発だった。
幸い誰にも見つからず家に着いたのだが、気持ちは晴れないまま。それから服を着替えて朝ご飯を食べて学校に行って授業を受けて放課後になるまで私の気持ちは言いようのない悲しみと怒りがぐちゃぐちゃに入り混じった闇鍋のようなものだった。部活の最中も倉持も目を合わせないように仕事をこなし、向こうが何かを言いかけてもひたすら無視をした。
「***、***さーん」
部活が終わり、泥にまみれたユニフォームやタオルなどを洗濯機にぶっこんでいると、倉持がそそっと寄ってきて私にポカリを渡してきた。
「なに」
「なんで切れてんだよ」
「別に切れてないし」
「あきらかに不機嫌だろ」
「べっつにっ!倉持に関係ないじゃん!私が御幸と寝ても笑って終わらせるような奴に何も言われたくない!」
握りしめていた洗濯物を倉持の顔にぶん投げる。いつもならこんな感情的にならないし、簡単に泣かないのに、今日の私はダメだ。気が付くと涙がぼたぼたと零れていた。馬鹿みたいだ。後ろの壁に背を預けて必死に涙を拭う。
「おい」
影が差す。次の瞬間倉持の顔がすぐそこにあった。壁に打ち付けられた肩が、痛い。涙を拭っていた手は両手とも倉持の手に掴まれていた。倉持の顔が更に近くなり、思わず目を閉じた。
しかし、期待していたものとは全く違い、鈍い音が鳴る。私の頭がずくずくと痛み出す。私今なにされた?ず、つき?
「いったーーーー!!!」
倉持の腕を振り払い、ズルズルとその場に座り込んで額をおさえた。頭突きをされたのはもちろん生まれて初めてである。
「誰がなんとも思ってないって?ふざけんなてめーこの場で犯すぞ」
「く、くらもち怖い」
涙がポロリと零れるが、それはもう痛みに対する涙で、先程まで抱えていたどうしようもない感情は消え失せていた。
「朝御幸の部屋からお前が出てきて、意味わかんねえって思ったし、なんか御幸の部屋着を着てるしで、第一なんで真っ先に俺に相談しねえんだとかぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃくだらねえこと考えたわ!」
「う、うん」
「でもよ、そんなんいう野郎とかかっこ悪いだろ、色々と」
「そんなことないよ、あのね、倉持が嫉妬してたんだって分かってちょっと嬉しい」
そう言って笑うと、途端に倉持の頬が赤くなって、頭はいまだに痛むけれど、とても満ち足りた気持ちになった。
「あーもうこの話終わりだ終わり!顔拭けよ。俺が泣かせたと思われたら3年の先輩に絞められる」
「これ倉持が使ったタオル」
「なんか文句あんのかよ」
「ううん」
倉持の匂い。やはり倉持の匂いは安心する。笑うと、気持ち悪い奴と倉持も笑った。
今度もし終電を逃したら真っ先に倉持のところへ行くことにしよう。そうひっそり心に決める。
後日、一部始終を聞いた沢村が誰彼構わず言いふらしたため、御幸は3年生にリンチされたかけたような。
With whom
did she get laid?!