人の気配がしたので、振り向くとサイとアイさんがいた。
どうやらサイはまた怪我をしたらしい。何故たまにサイが血だらけだったり、怪我をしていたりするのか私は知らない。そしてそれはきっと知る必要もない。
「おかえりなさい」
笑顔で迎え入れると、2人ともかすかに微笑んでくれた。2人が私に何かを話しているが、早すぎて分からない。それは生まれつき耳が聞こえないからで、目が見えるようになって間もないからだ。ちなみに目は、サイからちょっと前にもらった。耳もくれると彼は言うのだけれど、不自由な方が私には丁度良い。人間は愚かな生き物で、全て揃っているのが当たり前だと思っている。だから、ついつい体を、パーツひとつひとつを、大事に使う事を怠る。そうはなりたくない。だから、今のままで良い。
「ごめん、早すぎて分かんないの。もうちょっとゆっくりお願い」
頼むと、2人はゆっくり話してくれた。彼、彼女はなんて優しい人達だろう。私にくれた優しくゆっくりとした言葉達を口の動きで読み取る。どうやら、サイはネウロと遊んできたらしい。男の子は過激だなあ、と思う。もう少し互いに手加減して遊べばいいのに、そう述べるとサイは無邪気に笑ってそうだね、と言った。何かおかしい事でも言ったのだろうか。なにぶんサイ達と出会う前は、私はある意味無知だった。必要ある事だけを何回も教えられ、何もかも口を開けた雛のようにただ享受するだけの毎日。しかし今は違う。サイが苦しい時は側に居てあげれるし、アイさんが忙しい時は助けてあげられる。人間は互いに支え合って生きているものなのよ、生前母が言っていたのをここでひしひしと感じている。そういえば私は母に、父に何かを与えられていたのだろうか。死んでしまった今となっては分からない。
「そうだ!今日はご飯ちゃんと1人で作れたよ」
アイさんは、用があるらしく奥に引っ込んだのを見て、サイは逃げた、と呟いた。早く食べてもらいたくて、急かすとサイが嫌そうな顔をした。この間の料理でも思い出しているのだろう。確かに、あれは人間であってもなくても食べるべきではない代物だった。
「大丈夫だよ、サイ。味見は何回もしたから」
しぶしぶサイは椅子に座ってくれたが、何かを思い出したように私に目を向け、腕を上げた。ああ、そうだ怪我をしているんだった。どことなく安心した表情で、これじゃあ食べれないね、と言った彼の横に行き、箸を持つ。勿論彼のためだ。
「はい、私が食べさせてあげる。口開けて」
口にずいっとにんじんを突き出すと、サイは諦めた様子で食べてくれた。恐る恐る咀嚼をする姿が、可愛くて、面白くて、愛しくて。
「どう?」
「お、い、し、い」
さっきと打って変わった表情の柔らかさに安堵し、いつもより更に丁寧に話してくれた事に喜びを感じた。私の箸を取り、自ら箸を動かし食べ始めたサイを、手使えるじゃんと軽く小突いているとアイさんが帰ってきた。
「アイ、普通に美味しいよ」
「そうですか。私も頂いてよろしいでしょうか?」
「勿論です!どうぞ」
あらかじめ用意していたアイさん用の皿を前に押し出すと、アイさんはいただきますと言って口に含んだ。アイさんは料理が上手いからドキドキする。しばらくすると、アイさんはにっこり笑って言ってくれた。
「とても美味しいです」
「良かった…!」
「ねえ、アイ。俺を毒味役にしてなかった?」
「そんな事ありませんよ」
2人の会話に笑いがこぼれると同時に私が分かるスピードで会話してくれる事に泣きそうになる。サイは世界に名を馳せる怪物強盗Xで、アイさんはお手伝いさん。こんな優しい人達が、私の両親を殺したと思いたくない。しかし、これは事実なのだ。彼らにとって、殺す事が当たり前なのだ。よく母が言っていたじゃないか、世の中には色々な人がいると、もし自分たちが死ぬような事があったらその場その場できちんと適応しなさい、そう言っていたじゃないか。
だから私は憎悪なんて抱いちゃいけない。ここでは自分が異端者なのだ。早く馴染まなくてはならない。笑ってさえいれば、この偽りの温かさが壊れる事はない。
だからだからだからだからだからだからだからだからだからだからだからだからだからだからだからだからだからだからだからだからだから私は笑う。胸が責め立てるように痛んだけれど、直に忘れるだろう。人間は忘れる事が出来る生き物なのだから。
グッバイリアリティ