※7巻までのネタバレ・暴力シーンを含みます。
「先輩、私、先輩の事、好きだったんですよ」
「それは今言うべき事か?」
「今だから言うんですよ」
私が目を開けて笑うと兵長は案の定眉間に皺を寄せた。いつも皺を寄せていると思ったけど、本当に皺を寄せている時の兵長の顔は数倍怖かった。
そうこうしながらも私の足は大地を駆ける。どんなに不安定な場所であっても、そこにかたい地面があるならば私の足はそれをバネにしていくらでも跳ね、どんなものでもくぐり抜けて進む事が出来た。私の自慢の足だった。
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・「この度は私、**をエルヴィン班に配属して頂きありがとうございました!どうぞよろしくお願いします!」
お酒を片手に私は深々とエルヴィンさんにお辞儀をした。私の相棒の鳥、ツァールも赤毛を震わせ高らかに一声鳴いた。
成績を3番目で訓練学校を卒業し、私は希望通り調査兵団の、しかも団の中で1番強者が揃っているエルヴィン班に配属される事になった。そして今日は新人の歓迎会である。
「成績上位で出たんだろう?期待している」
「いえ、自分なんぞまだまだです!是非御指南お願いします!」
「まあまあとりあえずそんなに固くならずに。今日は君が主役なのだから」
「はい!」
お酒を飲む様に勧められたので、私はひとくち口に含んだ。やはりいくら飲んでも慣れない、そう思いつつ美味しいですと答えると、エルヴィンさんは嬉しそうに目を細めた。憧れていた兵士が今、目の前で自分に微笑みを向けてくれている。私は早くなる脈動を悟られぬ様に、コップに入っていたお酒を一気飲みした。すると気分がますます高揚し、私は何杯もつがれるお酒を水の如く飲み干した。
「私の足はですね、村の奴等にお前はまるでカモシカだ、と言われるくらい凄く軽やか高く跳べるんですよ!だから巨人の攻撃なんてひょひょいのひょいっすわ!あとですね、私のブーツがなんで赤いかっていうと、あっこれ一応許可下りてるんで規定違反にはならないんですけどね。あれ何の話してましたっけ?そうそう何で私のブーツが赤いかというと」
数十分後にはすっかり出来上がっていたが、張本人の私だけは全く気付いていなかった。緊張していたせいかいつも以上に酔いが回り、先輩相手に絡み酒をする始末だった。(今思い出すと頭が痛い。)
私からお酒を取り上げようと先輩方が奮闘する中、ひとりだけお酒をちみちみ隅っこで啜っている人がいた。素面の私だったら絶対声を掛けたくない掛けれるはずもないナンバーワンの相手だったのだが、酔いに酔っている私は席を移動してその人の隣に座って挨拶とは呼べない挨拶をした。
「私より2期上のリヴァイ先輩、ですよね?よろしくお願いしまあす!本当噂通りの小ささですね。私の方が10センチも高いなんて信じられないっす」
周りの人の顔が青ざめるのも気付かずに私はべらべらと喋り立てた。そして、唐突に彼はコップをゆっくりとした動作でテーブルに置き、一言だけのたまった。非常に静かで洗練された動きだったので、私は置いた事にすら気付かなかった。
「次飲む時にはてめえみたいなうるせえ奴がいねえと思うとこの場も楽しむべきもんなのかもな」
私とリヴァイ先輩の接触により下がり始めていた温度は一気に氷点下まで下がりきった。しかし私の熱はそれでも冷めやらず、彼を指差して宣言した。
「言いましたね、私の赤いカモシカっていう異名を馬鹿にしちゃあいけませんよ。私が初任務で帰還出来た暁には、ここで1番旨い酒、奢らせますからね」
「ほう、面白えな。その度胸に免じて五体不満足でも奢ってやるよ。カモシカの足つうのが無くならない事をせいぜい山の神にでも祈っとけ」
翌朝、あの鬼に喧嘩をふっかけた強者新人、通称「赤いカモシカ」という事で瞬く間に調査兵団に広がった。私自身は二日酔いでヘロヘロだった為、自分が時の人となっている事を知ったのは2日後だった。リヴァイ先輩にも会う度に(班が同じなので毎日顔を合わせる)「よおカモシカ」と言われる始末で、非常に肩身が狭かった。エルヴィン班長は「新人はそのくらいが丁度いい」と笑って私がからかわれる度に毎回フォローしてくださったのでなんとか引きこもらずには済んだのだが。
そうしていよいよ私の初任務の日がやってきた。私は相変わらず赤いブーツを履き、念入りにベルトの調節を施した。連れてはいけないツァールが、心配そうに私の周りを飛び回った。死ぬかもしれない、という恐怖より、あれだけ威勢のいい事を言っておいて(しかし記憶はない)巨人に一発も攻撃を喰らわす事が出来なかった時の様々な恐怖の方が上回り、違う意味で体が震えた。しきりにベルトを気にする私の様子をたまたま目にしたのか、リヴァイ先輩が私に近寄ってきた。私はああまた馬鹿にされるだろうなあと思い、体を固くすると、先輩は何も言わずただ私の膝裏を軽く蹴った。先輩の不可解な行動に意図が掴めずにいると、先輩はいつものからかいを含んだ表情など一切見せずに、前を向いて言った。
「訳が分からなくなったら俺を探せ。……決して死ぬなよ」
私はこの時、今まで一番力強く右拳を左胸に当て、己が出せる最高の声量で返事をしたと思う。これは反射的と言ってもいい程で、実際私の頭の中は混乱状態であった。それでもその言葉に含まれる重みというものは感じる事ができ、彼が何故こんなにも慕われているのか分かった気がした。
私は焦っていた。先日の飲み会で私の嘔吐物を処理してくれた優しい女の先輩が目の前で食われた。私は先輩が食われている間チャンスがあったにも関わらず巨人に何の攻撃も出来なかった。湧いてくるのは底なしの恐怖と、己がいかに無力かという事実に憤る自分。馬を必死に走らせ、目的地とされていた大樹林まで行くのが精一杯だった。林に入ると予定通り馬を捨て、立体機動に移る様に入口で待機していた先輩に言われた。それすらもうまく中々出来ず、やっとこさ竦む足で木の枝に立っていると、黒髪で短身の見慣れた先輩が私の横に飛び降りた。
「おい−−はどうした」
最初何を聞かれているのかすら分からなかった。数度聞かれ、それが先ほど巨人に食われた先輩の名前だと認識すると、私はあの光景を思い出し、その場で嘔吐した。それでも、彼女は使命を全うしたと伝えると、彼はそうかと呟いただけだった。そして私を諌めた。
「お前の役目は何だ。人間が食われんのを真近で見る為か?思い出せ、お前は何の為に調査兵団に入った」
「わ、私は」
外に出たかった。理由なんてそれだけで充分だ。
目下に先輩を食った巨人が歩いているのが見えた。幹を力強く蹴り上げ、立体機動を駆使しながら巨人の前に躍り出る。巨人がこちらに興味を示した時には、近くにあった木の枝をバネに、私は巨人の後ろに回り込んでいた。振り向く隙すら与えてやるものか。2本の刃を皮膚に突き刺し、その肉を、憎しみを、そして人類の反逆を込めて削ぎ落とした。手応えを感じ、離れると案の定巨人は崩れ落ち、蒸発した。
「やった!先輩見ました!?私、やりましたよ!」
辺りの枝に飛び移り、喜びを体全身で表す。周りに集まっていた先輩は歓声を上げ、リヴァイ先輩は薄く笑みを作ったが、その皆の表情は一瞬にして凍りついた。横の木の奥から、白く大きな手のひらが私を捉えようと勢い良く向かってきたのだ。先輩の司令が聞こえたが、私は避けるのに精一杯で何を言っているか分からなかった。逃げ切ることが出来ず、巨人の手は私の左足を掴んだ。先輩の、甲高い悲鳴が聞こえる。私は深呼吸をした後で、目の前の巨人を見据え、宙ぶらりんになっている右足を巨人の親指に置いた。そうして徐々に右足に全体重をかけていく。巨人も先輩も、私の脚がいかに強いか知らない。その気になれば成人男性の腹など容易く蹴破れる。巨人の親指が私の足型にへこんでいくのを冷静に見つめながら、ここぞという時にその親指を蹴り破るかのように体重を勢い良く右足にかけた。巨人の指から私の左足が飛び出し、私の体は宙へ垂直に投げ出される。と同時にリヴァイ先輩が私の前に飛び出してきた。きっと先輩には私が何もできずに固まっていた様に見えたのだろう。自身の上を軽々と飛び越え、巨人に襲いかかる後輩は一体どう見えたのだろう。合わさる視線、先輩のあんぐりとした顔。こみ上げる笑いを抑え、私は巨人の頭を踏み台に、逆さまのままうなじの肉を切り落とした。
体勢を整え近くの木に飛び移ると、怒り顔のリヴァイ先輩が横に降りて、私の頭を刀の柄で思いっきり殴った。頭部の痛みを感じながら私は生意気に文句を言った。
「痛っ!何するんですか!勝手に心配したのはそっちでしょう」
「心配なんてしてねえ。いかなる時も油断はするなと習ったはずだ。もういっぺん訓練学校に送り返してやろうか?」
たまったもんじゃない、私が真剣な顔になって「大変申し訳ありませんでした!」と敬礼をするとリヴァイ先輩は本当にほんの少しだけ優しい表情になった。
その数時間後、私は再びこの間と同じ様に出来上がっていた。
「リヴァイ先輩の慌てた顔、皆さん見ました?凄い顔でしたよ、まじで」
今日の飲み会は今日殉死した先輩・同輩の弔いと、新人の生還を期して開かれたものだった。しんみりした空気を作ってはいけない事になっているのか、皆無理に笑っていた。皆に褒め称えられながらも、私もその一人だった。そうする中、用があるから後から来ると言っていたリヴァイ先輩が酒場に現れるなり、この店で一番高いお酒を注文し、私の前にその瓶をどんっと置いた。
「えっと……?」
「約束しただろ」
「えっ本気にしてくれてたんですか」
「あっ?」
実はお酒は苦手です、などと先日の失態をおかした奴が言える訳もなく、私は注がれたお酒を一気飲みした。その後は言うまでもない。
「よっ赤いカモシカちゃんもう一杯!」
「あざーす!」
「そういえば**はなんか有名な踊りの少数民族の末裔なんだろ」
「そうですよ、祖母直伝の私の踊り見ますか?こう見えて村で一番踊りうまかったんですよ。ステップはまるで」
「はいはいカモシカなんでしょ?あっ弦楽器ならこんなのあるけど」
「ハンジ先輩さすが!あっ抜け駆けはなしっすよ!」
おのおのがちぐはぐに弾き語り、踊りだすとぎこちない皆の顔がだんだんと綻んでいき、私はステップを踏みながら幸せな気持ちでいっぱいになった。こんな日が永遠に続くといい。これ以上誰も死なず、巨人のみが死ねばいい。そんな事は不可能だが、こういう時くらいはそういう錯覚に呑まれてみたかった。
しばらく騒いでいたのだが、ツァールがあの狭い籠の中で待っている事を思い出し、私は一足早く酒場を後にした。夜風は酔いを覚ますのに丁度いい。月明かりのない夜道を歩いていると、私の高揚していた気分は落ち着いていった。次の出陣はいつだったか。私は一体いつまで生き残れるだろうか。明かりの見えない未来にため息を付いた時、暗闇から不意に手が伸び、私を路地に引きずり込んだ。私の腕を掴んでいた長身の男の手首を冷静に捻り上げ、強く睨む。後ろにもガタイのいい男がいたが、こんな奴ら私の敵ではない。こいつらの骨など私の握力ならば粉砕できるであろう。そう思いながら、手に力を込めると、男は苦痛の声を漏らした。それでも私がただ無言で肉の中にある骨を破壊しようとしていると、後ろの男が私を後ろから羽交い締めにした。私はそれにすら反応を示さず、ただ一本立ちになって、左足の裏を後ろの男の腹にそっと添わせた。強く蹴り込めば、男の皮は、筋肉は、内臓はめりめりと音を立てて弾け、その痛みにもがき苦しみ、最後はきっと死に至るだろう。いい気味だ。何の抵抗もできず男達の暴行を受けた婦女達の痛みを思い知れ。
目が慣れ、男の、恐怖に歪んだ顔が見える。私が異常だと気付いたのだろうが、今更遅い。
「お前らは、巨人以下だ」
チキンの骨を手でへし折った時と同じ音が路地裏に響く。男の手首が変な方向に曲がる。それを目の当たりにした後ろの男は一言呟いた。私はその一言でぜんまいの切れたおもちゃの如く全身が弛緩し、後ろの男に体を預けた様になった。
なんとも思っていなかった男どもの体温が今になって伝わってくる。へし折った時に伝わってきた生暖かい人のぬくもり、私の首に巻き付く腕から感じられる血の巡る音、そして背中越しに感じられる鼓動。
私は、人間を、殺そうとしていた?人を守る立場の人間が、なんて罪深いことを!私は、あの時、誓ったではないか!過去の嫌な思い出が脳内を駆け巡る。
全く動かなくなった私をいい事に、後ろの男は私の服の中に手を入れてきた。前の男は、折られた怒りからか、私の顔を何度も殴った。そうして、男の指が私の胸の先端に達しようとした時、突然前の男が前のめりになって倒れてきた。後ろの男は2人の体重に耐え切れず、尻餅をついた。私に覆いかぶさって気絶している男の体を小さい影が蹴り飛ばした。感覚が戻りつつあった私は、彼の名を呼んだ。
「リヴァイ、先輩」
ただならぬ空気を感じた後ろの男は、私の下から慌てて抜け出し、後退したが、ここは勿論袋小路。先輩は呆れた目で男に歩み寄り、男の顎を蹴飛ばした。男の口から飛び出したのはきっと歯だろう。男が気絶するのが分かると、大きく舌打ちをし、振り返って私の方へ向かって歩いてきた。私も情けないという理由で殴られるか蹴られるかするのでは、ととっさに身構えたが、先輩はその両方をせず、ただまっすぐ右手を差し出してきた。よく分からず、その右手を見つめていると、「立て」と言われたので、そういうことかと先輩の手を借りて立ち上がる。目の縁から溜まっていた涙が血とともに零れ落ちた。それは怖かったからではない、傷ついたからだった。
「先輩、私は化物なんでしょうか」
「……思いっきり俺の腕を握ってみろ」
「きっと折れちゃいますよ?」
「命令だ」
恐る恐るリヴァイ先輩の腕を握り込み、力を加えていく。しかし、いくら力を加えても、先輩の腕はみしりとも鳴らなかった。
「てめえみたいな輩はいくらでもいるって事だ、分かったか。自惚れんな」
その言葉が先輩なりの答えだと気付き、更に溢れ出してきた涙を拭いながら何回も頷いた。先輩が「見回りが来たら面倒だ」と、そのまま路地裏を出て行くので、追いかけ、先輩の横を並んで歩き、私は尋ねた。
「私みたいな女をもらってくれる人がいると思いますか」
「いるんじゃねえか」
「そうですか」
それが、私は、貴方であって欲しい。
そう口に出したかったけれど、今のままじゃ駄目だ。今の私では先輩の姿さえ捉えきれない。拳を力強く握りしめ、もっと強くなろうと暗黒の中に潜む星にそう決意した。
・
・
・ 女型巨人がこの中に紛れ込んでいる。何も聞かされていなかったが、私は木々に飛び移りながらそう確信していた。少し先にいるエレンを視野に入れつつ、辺りを注意深く見渡す。いきなり頭上を飛ぶツァールが警戒音を発し、何事だろうと上を見ると、顔に生臭い液体がかった。その後で赤い2つの塊が私の横を落ちていく。それは、首と胴体が切り離された、私の。しっかりとそれらが何かを認識する前に、小柄な男が私の横に並んだ。ああ無事私たちは合流できたのだろうか。安心して私は声を掛けた。
「兵長、」
−−ではない。突きつけられた剣を間一髪で交わして間合いを取る。フードを被っている為、顔は拝見出来ないが、女だという事は分かった。そうだ、彼女こそが我々の敵だ。ここで仕留めなければならない。大樹を蹴飛ばし、彼女の眼前にまで近づく。私の速さに追いつけなかったのか、彼女は大きくたじろいだ。私は彼女の頭を柄で殴った後、彼女の肩を掴み、こちらに引き寄せた。己の持つ剣をそのまま彼女の首の方へ動かしきってしまえば、全てが終わる。しかし、自分が殺そうと思っているのが、まだ人間で、しかも少女であるという事を思い出してしまった。その1秒も満たない私の迷いをチャンスだと瞬時よく悟った賢い彼女は私の腰へ自分の剣をスライドさせた。
気付いたら私は地面の上に寝転んでいた。おかしい、あの時、私の体は上と下で、真っ二つに分断された、はずだった。けれども、大地を走っている確かな感覚が私にはあった。あれは夢だったのか?朦朧とする意識の中、誰かが私に近づいてきた。
「リヴァイ兵長、今、私はどうなっていますか」
聞きながら、私は思い出した。私がどうなったかを。私の体は間違いなく真っ二つに裂かれた。落ちていく自分の横を、赤いブーツを履いた自分の足が、ひとつの生命体の様に元気よく過ぎ去っていく光景が今、まさに思い出された。兵長は何も言わなかった。
私は、不思議な感覚にとらわれながら兵長につらつらと語った。ツァールの名前が、自由を象徴する鳥の名前から拝借した事を。昔読んだ「赤い靴」という童話が忘れられない事を。
「彼女はずっと踊らなければいけない呪いをかけられるんですけど、私は羨ましかったんです。私は踊るのが本当に大好きで、大好きで、ずっと踊っていたかった。小さい頃の夢は、勿論踊り子で、そして、世界がこの壁の中だけはないと知った時、私は色んな世界を旅しながら踊りたいと思って、外に出れないにしても、親は私を応援してくれていて、でも死んでしまって、引き取ってくれた伯父さんは意地悪で、ある日ちょっと拒んだだけなのに大怪我をさせてしまった。初めて人を傷つけた時のあの、気持ち悪さとか化物を見るような目つきとか、未だに忘れられない。逃げるようにして、訓練学校に入って、私は決めたんですよ、調査兵団に入って外に出てやるって、そうして最後に自分が死ぬ時は外だと。神様はきっといます、だって私の足に魔法をかけてくれた、今も私の足はひとりで大地を駆けている、その感覚が私にある、上は自由を手に入れ損なったけど、下は誰もが羨む自由を手に入れたんですよ。こんな幸福なことがあるでしょうか?私の足はカモシカだ、きっと100年間誰も踏み入れなかった土地に行く事が出来る。そこで踊ったら、またしばらく走って、また踊って」
口がうまく動かない、寒い、寒い。私の足が向かったのは、北だった。北にずっと行くと氷の大地に行き着くらしい。もうそこまで行き着いたのだろうか。
「リヴァイ先輩、とても、寒いです」
「喋りすぎだ」
先輩が私の頬を撫でた。彼の暖かさは気持ちよくて、微睡むように目を閉じた。
「先輩、私、先輩の事、好きだったんですよ」
「それは今言うべき事か?」
「今だから言うんですよ」
2人の中に流れる時間は今まで一番穏やかなものだった。私は、北のもっとその先の自由の大地で、汚れた靴を脱ぎ捨て、踊りながら貴方を待つ。唇にやわらかなものを感じながら、私は心地良い眠りについた。
楽園に靴は要らない