「いよいよ今日から12月!街もクリスマス色に染まってきましたね」

 毎度お馴染み、ラジオのメインパーソナリティのエリオットが意気揚々と喋り出す。それに対して相方のウィリアムが「ツリーの生木やオーナメントを売っている店を見かけることが増えたね」などと返している。

 トーストを齧っていた**は「(これだ!)」と思って、反射的にリドルを見た。この部屋の契約主は彼なので。

「ねえねえ」
「却下」
「まだ何も言ってなくない?」
「どうせツリーを買おうとか言い出すんだろう。僕は反対だ。ある人間が生まれたってだけなのに、それにかこつけてやれケーキだプレゼントだとはしゃいだりするなんて。馬鹿馬鹿しい」
「リドルってば夢がない!」
「夢がなくて結構。ミサに行くだけで充分だ」

 それから買う買わないの押し問答が繰り広げられたが、**の出勤する時間になったので、「第1回 クリスマスツリー購入検討会」はあえなく閉会した。(2回目があるかは分からない。)

「じゃあ先行くね」

 **が席を立つと、リドルは両手で持っていた新聞を片手に持ちかえて、空いた腕を人がひとり入れる程度に広げた。**は少し腰を屈めてその間にすっぽり入る。頬骨あたりに唇が一瞬押し付けられるのが分かると、ゆっくり身体をはなした。**は純日本育ちなので、昔はいちいち照れていたけれど、今では行ってきますというのと同じぐらい当たり前の行動になってしまった。

「じゃあね」

 **の足取りは軽かった。

 リドルは彼女が道に出たのを座ったまま窓から確認すると、懐に入れていた杖を取り出し、空になった皿やカップに向かってひと振りした。すると食器たちはひとりでにキッチンへ飛んで行き、それを待ち構えていたスポンジが彼らを捕まえて泡まみれにしていく。新聞もデイリー・メールではなく、日刊預言者新聞に変わっていた。「魔法省の魔法使いがまたもや不祥事!」という見出しを見つけて、リドルは眉をひそめた。時計を見るともういい時間だったので、読むのを諦め、新聞を机に放り席を立つ。どうせろくなことでないのは分かっているし、今からそこに行くのだから嫌でも耳に入るだろう。

 トム・リドルが魔法使いということは、**は知らなかった。というか、魔法が存在していることすら知らなかった。**の性格から推察するに、「あったらさぞ楽しいだろうなあ」くらいは思っているだろう。マグルの人間に言ってはいけないという法律はないし、恋人というパートナーになって数年は経つわけだからそろそろ言ってもいいのでないか、と考えるだけ考えていた。彼女に本当のことを打ち明けるのがどうにも億劫だった。

 そんな気怠い気持ちを飲み込んで、部屋にある暖炉に粉を振りかけながらリドルが魔法省の名を呟くと、次の瞬間には部屋には誰もいなくなっていた。ただ、スポンジと食器の擦れ合う音だけが部屋に響いていた。ラジオはいつの間にか消されていた。

 リドルが勤めている魔法省もすっかりクリスマス模様に変わっていて、リドルは辟易した思いになる。受付にはデコレーションが施されたモミの木が置かれている。去年と何ら変わらない装飾であるはずなのに、妙に鼻につくのは、今朝彼女とクリスマスツリーの話をしたからだろう。モミの葉を憎々しい気持ちで触っていたリドルは、我に返り地下2階へ続く道を歩く。今日もデスクにたんまりと仕事がたまっているはずだ。


「ただいま」
「おかえり!」

 終業時間は**の方が早いので、帰りは公衆便所を使うか、姿現しをするしかなかった。前者は死んでも御免被りたいので、必然的に後者を使うことが多かった。

 しかし、ただでさえ仕事疲れているのに姿現しをするのはさすがのリドルでもぐらりと来ることがあった。しかも今日は帰り際同僚たちに「クリスマスパーティーをしようと思って」「店の候補がみっつくらいあるんだけど」「リドルってまだ独り身?彼女くらいいるだろ」「いい子紹介しようか」などと捕まり、振り払うのに苦労したのだ。目の前に立っている女が明らかに何かをしでかした顔をしていたので、疲れ切っていたリドルは思わずその鼻をつねりたくなった。

 そう思うだけにして部屋に足を踏み入れたリドルは口をあんぐりさせた。レコードプレーヤーの横にどっかりと緑色の物体が鎮座しているではないか!それはどう見てもモミの木だった。机の上にはたくさんのオーナメントが散らばっている。

「……誰が買っていいと言った?」
「反対とは言ってたけど、買っちゃ駄目とは言われてない」
「そういうのを屁理屈って言うんだ」
「誰かさんが屁理屈ばかり言うから私も覚えちゃった」

 **は屁でもないという顔をして、机から煌びやかなモールを手に取った。

「ねえ、これを一周させたらそれだけでも綺麗だと思わない?この綿はちぎって雲みたいにのせたらどう?」
「あとで始末に困ったとすがりついてきても僕はなにもしないからな。とにかく早く机を片付けなさい」

 リドルがオーナメントのひとつを手に取ると(それは妖精の人形だった)、**は妖精を彼の手からかっさらった。

「駄目だよ、1日1個ずつ飾り付けるの!今日はひとまずモールだけ」
「誰が飾り付けたいだなんて言った?」

 リドルはいよいよ怒りを露わにしたけれども、ご機嫌な**はへっちゃらで鼻唄を歌いながらモミの木にモールをぐるりと巻いていた。

「そういえば、今年もニューイヤーズパーティーがあるらしいんだけど」
「行かない」
「まだ何も言ってないのに!」

 その声もやっぱり弾んでいて、全く相手にされていないことに少し拗ねたリドルはしかめっ面でラジオの電源を入れた。

 そうしてスピーカーから漏れ出したのは、ポールマッカートニーの"Wonderful christmas time"、そういままさに彼女が歌っている曲で。こいつも彼女の味方をするのかとリドルの機嫌はさらに急降下した。


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