あの後、波多野に相談したけれど、彼は完全塩対応で取り合ってくれなかった。「試しに付き合ってみたらいいんじゃねえの」とまで言われた。波多野、あなたってそんな薄情な事言う子だったっけ。
甘利と?いくら考えてもあり得ない。甘利が連れて歩いているのは、雑誌やテレビに出てくるようなきらきらな女の子たちばかりで、だからこそ私が彼とつるんでも何も言われなかったのだ。彼の倍率はすさまじく高いらしく、熾烈な女の戦いがあると聞いた。彼はあれからなんのかわりもなく、キャンパスで遭遇すると、普通に挨拶をしてくるし、カフェテリアで一緒に座ってこようとする。(彼の女友達が結局連れて行くけれど)
ラインで「この間はごめんね、また飯に行こう」と来た。読まずにそのままトークごと消してやった。ブロックするのはさすがに可哀想なので、非表示をするまでにとどめた。
予定日まであと5日もあるのに、ストレスのせいか、もう生理が来てしまい、ひどい鈍痛にイライラしながら学部の廊下を歩く。今日はゼミがあった。エレベーターが検査中だったため、5階まで階段で行かなければならないのだけれど、今の身体にはとてもしんどい。ドスドスと音を立てながら階段をのぼっていると、私を呼ぶ声が下からした。振り返ると、貧血のせいで眩暈がして、ふらつき階段から足を踏み外しそうになる。人の影が駆け寄ってきて、次に目を開けた時には、目の前に男の胸板があった。この香水をしている人物を私は知っている。
「大丈夫?」
「甘利」
甘利の手が、自然と腰に回され、優しく抱かれる。相手に聞こえるんじゃないかと思うくらいの速さで、自分の心臓が鼓動を打っていた。
「……えーとありがとう、あの、もういいよ」
「駄目だな」
「?」
「離したくない」
そんな言葉を耳元で囁かれ、甘利に預けていた体を起こそうとすると強い力で制された。腰を撫でる手つきもいやらしい。
「ちょっと離してってば」
「キスしてもいいなら」
「そういう話じゃない」
「じゃあやだ、どっちかだよ」
「あのねえ」
甘利の方に顔を上げると、彼の顔がすでに迫っていて、すんでのところで、手でガードする。彼の唇の感触が手に感じられて悲鳴を上げたくなった。
「気持ち悪い!」
「ひどい」
「ゼミがあるからはなして」と怒ると、甘利はしぶしぶ解放してくれた。私を怒らせると恐いとよく知っているのだ。
「そういうのは違う女の子として」
「俺からは、したい時にしかしないし、したい子としかしない」
「へえそう。甘利、疲れてるんだよ」
「確かに疲れてるかも。お前がいつまでたっても本気にしてくれないから」
「そんなに私と付き合いたいの?」
「そう、もっと色んな所に行きたいし、一緒にいたい」
「それは友達のままでも出来る事だよ」
髪をかき上げながら私がため息をつくと、甘利は「そうだね」と寂しそうに笑った。なぜそんな顔をするのだろう。明らかに項垂れている彼になんと声をかければいいか分からず、時間だけが流れる。
「でも、キスやセックスはできない」
「はあ?」
「俺は別に付き合っていようと付き合ってなくてもどっちでもいいけど、**は付き合ってないと嫌なんだろう?」
「当たり前じゃん」
ばっさり言い切ると、甘利は乾いた笑い声を漏らした。時計を見るとゼミが始まるまで5分を切っていた。もう行くからと踵を返すと、彼の声だが追いかけてくる。この間みたいに。
「お前だって、俺の事好きだろ?」
あまりの自意識過剰な発言に「頭わいてんじゃない!」と叫んでそのまま階段を駆け上がる。いつの間にか生理痛は消え失せていた。