それから3日後、甘利が晩御飯に誘ってきた。食べたいものは私に合わせるという事なので、私が気に入っているラーメン屋に行く事になった。彼を連れて行くのは初めてだ。待ち合わせ場所でニコニコしながら待っていたのは、甘利ひとりだけで、自然と波多野を探す。
「波多野は?」
「え?いないよ」
「なんで?用事?」
「波多野もいるなんて一言も言ってないけど」
「あーそうだけど、まあ、いいか」
去年ミスコンで優勝した2年の海堂千晴と付き合い始めたと風の噂で聞いた。甘利は気にしていないようなので、自分も気にしないでおこうと思った。そういえば、甘利と2人でどこかへ行った事あったっけ。
「私、豚骨ラーメンで!あ、中!」
「うーん俺は醤油の普通ので」
「ねえ餃子も食べよ、美味しいから」
「1人前?2人前?」
「普通に1人前食べられると思う」
「じゃあ2人前にしようか」
「そうだね」
カウンターに通され、ぱっぱと注文を済ませると、「**は相変わらず決めるのが早いなあ」と笑われてしまった。店の勝手が分かっているので当たり前だと言うと、「いつもだよ」とますます笑われた。ラーメンが好きなのか、いつもより上機嫌だった。、
ラーメンが運ばれてきて、レンゲを使って食べている私の横で、甘利が麺をひとくちひとくち丁寧に口に運んでいたので、「その食べ方、面倒臭くない?」と思った事を口に出すと、彼は顔を上げて、照れ臭そうに言った。
「俺、麺類啜れないタイプなんだよねえ。**は食べるのうまいね」
「そういう人やっぱりいるんだ」
「かっこ悪いからみんなに内緒。女の子と行くのは初めてかも」
「モテる男は大変だねえ。そもそも甘利が付き合うタイプってこういう店は行かなそうだしね。今の彼女とは小洒落た店ばかりなんじゃない?」
「彼女?」
「ほら、海堂千晴ちゃん」
「別れたよ」
「へえ、別れたんだ、えっ?もう?!だって先月付き合ったばかりじゃ」
食べる作業に戻ろうとして、手を止めて再び甘利の方を向く。彼はいたって普通の様子で「振られた」と言った。
「そ、そっか……今日奢ってあげるよ」
「それより違うものがいいな」
「なに?あ、ダッツ?期間限定の?」
「**」
「なに?」
「違うって、**だよ」
「うん?」
「わかんないかなあ」
甘利がこちらに顔を近付けて「**がいいって言う意味だよ」とはにかんだ。持っていた箸を落としそうになりながら身を仰け反らせる。距離が近すぎる!
「なに言ってんの?どうしたの?そんなに傷心してるの?」
「別にそうじゃないって、**が欲しいものくれるって言うから」
「言ったけど、私は付き合ってもない人とそういう事するタイプじゃないって知ってるでしょ」
「じゃあ付き合おう、俺、お前の事きちんと好きだよ」
なんてことないように、甘利がそう言うから、怒りがふつふつと湧いてくる。別に、彼と付き合ってきた女の子を悪く言いたい訳ではないけれど、私と彼の関係はそんな安っぽいものではないと思っていた。
「本気で言ってる?」
「一世一代の告白なのにひどいなあ」
「なにいってんの、大学入ってから何人と付き合ったか覚えていないような人間の告白を本気でとる方がおかしい」
「覚えてるって」
「そういう話じゃなくて!」
「実は付き合ってる奴とか好きな奴がいる?あ、波多野?」
「付き合ってる人も好きな人もいないし、まず波多野には好きな子がいるからね」
甘利みたいな、いかにも雰囲気を大切にしそうな男が、(失礼かもしんないけど)おじさんたちばかりが集まるような小さいラーメン屋で、告白をしてくるなんて考えられなかった。怒りを通り越して、泣きたい気分だ。
「帰る」
千円札を置いて帰ろうとすると私を、甘利はたいして引き止めようとはしなかった。ラーメンを見つめながら、ただひとこと呟いた。
「俺、お前がかっこ悪くても気にしないって言ってくれたの、嬉しかったんだ、本当に」