「あれ、波多野 ペアルックだね」
「何がだよ」
「服だよ、服。タートルネック」
「さみーんだよ」

 そんな会話を耳にしながら、私は中の服が見えないよう着ていたアウターをギュッと抱き込んだ。

「あれ?**もタートルネック?」
「気のせいだと思う」

 私の行動が目の端で見えていたらしい。甘利が嬉しそうにこちらに寄ってきて、私のアウターを勢いよく開いた。物腰の柔らかさからは想像のつかない力で。

「ほらやっぱり」
「言っとくけど、甘利のはハイネックで、波多野のはオフネックだからね。そんで私のがタートルネック!」
「ええ?そんなのどうだっていいじゃない」
「どうでもよくない、全然違う」

 キッパリと言い切り、甘利の手を振り払うと、彼は眉を八の字にして「ツンケンしてちゃあ可愛くないよ」と甘えたような声を出した。これは面倒臭いフラグだ。けれども、前を歩くグループの女の子たちが彼を呼んだので、ひと安心する。彼は私に「また後でね」と言うと、そのまま前に向かって大股で去って行った。今日はサークルの飲み会で、いまは店へ向かう道すがらだ。

 所属しているサークルは、運動をしたい人間が適当に集まり適当に運動をするという適当なスポーツサークルだった。代によってはただの飲みサーになるらしい。私の代とその前の代にスポーツ好きなのが多かったせいか、集まる機会は割と多く、仲もそこそこ良い。甘利の存在は知っていたものの(恐ろしく目立つので)、よく話すようになったのは、1年の、丁度この時期からだった。


 あの日も今日のようにみんなでバレーをしようという事になり、集まれる人間だけ集まって、体育館でバレーをした。甘利が参加する時は女子の参加率が必然的に高く、彼の周りには軽い人だかりができる。先天的に人に好かれやすいタイプなのだろう。

 来る者拒まず去る者追わずタイプは正直言ってあまり得意ではないので、いつも遠巻きに見ていた。だって、それはつまり誰にも執着していないと同じな気がする。人付き合いが下手な者の単なる僻みかもしれないけれど、とにかく私はそう思っていたのだ。

 そんな苦手だと思っていた相手と、運悪く同じチームになってしまった。嫌だなあと思っていたら、甘利が「**ちゃん、一緒のチームになるの初めてだね」と言うから、少し驚いた。うちのサークルは人数だけはやけに多いので、覚えられていないと思っていたのだ。社交性に優れた人間というものは、人に関する記憶力もズバ抜けて良いのだと純粋に感心した。

 長年バレーをしていたせいもあってか、今日の試合は余裕だろう。その慢心が駄目だったのだ。向こうの(名指しすると波多野)、強いサーブを取ろうとして、体勢を大きく崩してしまった。このままだと顔面を床に強打する、と頭によぎったところで、ありがちといえばありがちなのだが、甘利が私の身体を支えて引っ張り上げてくれた。その時、彼の右足首が変な角度に曲がっていた事に、一瞬彼が顔をしかめた事に私は気付いていた。しかし、彼がみんなの呼びかけに笑顔で対応しながら普通に歩いていたので、気のせいなのかもしれないという気待ちになり、お礼を言うだけに終わった。でも心の中にモヤモヤは残ったまんまだった。

 そのまま、いつものように飲み会の流れになり、みなで連れ立って歩いてる時になんとなしに甘利に注目すると、やはり右足の動き方がおかしい。彼の周りには女の子が沢山いて近付く気にはなれず、どうしたものかと考えあぐねているうちに店に着き、飲み会が始まり、終わっていた。店の最寄りの駅で解散となって、私はその駅の近くに住んでいたので、駅にとめていた自転車で帰る事にした。今まで考えた事はなかったけど、甘利もこの駅の近くに家があるようで、一緒に帰る雰囲気になった。

「甘利くん、徒歩?」
「そうだよ」
「近く?」
「歩いて15分かなあ」

 2人きりになって、あらためて甘利の右足に注目すると、若干腫れている気がした。こういうタイプの男は、大丈夫かと聞かれれば大丈夫と答えるので、押し問答を想像して面倒臭くなった私は、チャリの荷台を指差しながら「乗って」と語気を強めに言った。

「え?なんで」
「甘利くん、足、怪我してるでしょ。そのまま歩いて帰ると悪化するよ」
「分かっちゃった?でも大丈夫だって」
「そういうのいいから!元はと言えば私のせいだし、ほら早く乗って」
「かなり重いと思うけど」
「大丈夫」

 甘利が後ろに乗った事を確認すると、勢いよくペダルを漕ぐ。自転車が動き出すと、後ろから「凄い凄い」という声が聞こえたけれどあえて無視をした。

 コンビニの前を通り過ぎた時に、ある事を思い出して、甘利に待つよう言って店へ入る。買いたいものを買って、ナイロン袋を、サドルに座ってぼうっとしている彼に渡すと、きょとんとした顔をされた。

「捻挫用のシップと包帯。持ってなさそうだから」
「わざわざ良いのに」
「私が悪いし。というか、なんであの時痛いって言わなかったの?そしたらすぐにほけかん行って手当てしてもらえたのに」
「ええ、だってかっこ悪いじゃない。女の子助けて怪我したなんて。**ちゃんには結局バレちゃったけど、こんな風に気を使わせちゃうし。俺、そういうの嫌なんだよね」

 まるでそれが当たり前であるかのように言うので、思わず「はあ?」と返してしまう。そんな事をいちいち考えて生きてるだなんて、自分からしたら考えられない。

「甘利くんさあ、私には気を使わないでいいよ。かっこ悪くても気にしないから」

 そんな事をされる方がこっちは面倒臭い、と言うのは助けてもらった側としてどうかと思ったので続きは言わないでおいた。

 甘利は、その時、なぜだか嬉しそうにして、私に右足を突き出してきた。なんだと思ってると、ついでに手当をしてと言う。深夜近く、道端でこんな事をしてるのはきっと私たちくらいだ、と少し寒い思いをしながら包帯を巻いたのをよく覚えている。


 それ以来、甘利は私にしょっちゅう絡んでくるようになった。学部は違うけれど、キャンパスは一緒だし、私が同学部という事で仲良くしている波多野とは中学からの付き合いらしいので、3人で遊ぶ事もよくあった。気を許した相手にはどうやら甘える傾向があるらしい、と波多野との関係を見て知っていたので、私もその1人になったようだった。

 そうして月日は流れていき、もう3年の冬だ。甘利に乱されたアウターを整えてると、波多野がボソッと呟いた。

「なあ、お前それでいいわけ?」
「なにが?」
「甘利と」
「甘利がどうしたの」
「いやなんでもねえ」

 波多野が前にいる誰かを見つめていたので、自然とそちらを見る。前列にひとりだけひょっこりと頭が出ていて、すぐ甘利だと分かる。視線を感じたのか、甘利が私達に気付いて軽く手を振った。

 振り返しかけたけど、さっきの事が気に食わず目を逸らすと、甘利が大袈裟に悲しい顔をしたので、仕方なく手を少し振って、前を向きなよという意味で指を差す。

 今日の夜はとても明るい。満月というわけでもないのに不思議だ。

 目尻を緩ませながら前を向いた甘利の顔がチラついて、妙な気分にさせた。
×
「#学園」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -