玄関のチャイムの音が聞こえる。こんな夜中に鳴るはずがない、と夢うつつで思いながら、寝返りをうつ。しかし、チャイムがやむことはなく、次第に私の脳内はその音で支配されていった。とうとう耐え切れなくなり、身をガバリと起こす。枕元の時計は、2時を迎えようとするところだった。眠りに入ってからまだ2時間も経っていないようだ。寝る時、私の枕を占領していた猫はいなくなっていた。(奪い返そうとしたところ威嚇されたので、しぶしぶ彼に明け渡したのだった。)

 裸足のまま玄関に向かうと、秋のせいかフローリングがやけに冷たく感じた。そのおかげで大分目が覚めて、この薄戸を隔てた先にいる人間は果たして誰なのだろうと恐ろしく感じてくる。自分が住んでいるこのマンションは、エントランスでセキュリティキーを開ける必要があるので、住人くらいしか入ってこれないはずだ。(誰かがインターホンで解除した可能性もある。)一瞬彼の顔が浮かぶが、それはありえない。今日は課の飲み会で帰るのは始発になると夕方のラインで言っていたし、彼はこんな夜遅くに彼女の家に来るような非常識な人間ではない。

 考えられるのは、部屋を間違えた酔っぱらいの誰かさんか、不法侵入者か、だ。残念ながらこの家に武器になるようなものはなく、ひとまずキッチンにあった麺棒を片手にドアへ近付く。今更ながらインターホンのカメラで確認すれば良かったと思うけれど、寝起きの回らない頭ではそこまで考えられなかった。

 いないと思った猫は、玄関の前にいて、戸を引っかいている。この仕草をする時は、猫をくれたマンションの大家さんが来る時くらいで、それ以外では見た事がない。つまりは大家さん?いやそんなまさか。

 チャイムが再び鳴る。反射的に体をびくりとさせながら、穴を覗くと、候補として除外されていた彼がふらりと立っていた。

「三好さん?!」

 ドアのロックを解除して、扉をこちら側に開くと、そのまま三好さんが倒れこんでくる。支えようとするが、普通の成人男性と比べて彼が華奢とはいってもやはり男なので、結局私は尻餅をついてしまった。そんな私の上にのしかかるようにして彼がいるため、第三者目線から見ると、彼が押し倒しているように見えるだろう。尋常ではないほどのお酒と煙草の匂いがして、吐く息も、服越しに触れる肌も、とても熱かった。

「だ、大丈夫ですか?」
「**……」

 うすぼんやりと目を開けた三好さんは、私の名前を呼び捨てで呼ぶと、意地悪い笑顔を浮かべた。何かを企んでいる顔だ、と思ったのもつかの間、彼はそのまま私のパジャマのボタンを開け始めた。寝る時はブラを外しているので、開けられてしまったらすぐ見えてしまう。(彼と寝る時はきちんとつけているのだが。)

「駄目ですって!なにやって、ん!」

 制止しようとすると、唇に噛みつかれる。いつもは、すぐ舌なんかは入れてこないのに、三好さんの舌は既に私の口内の中だった。お酒と、きつい煙草の味がする。そして、とても熱い。器用なもので、私の口内を縦横無尽におかしながら、パジャマのボタンをあっという間に彼は全て外してしまった。口が離されると、端から唾液が伝った。

「やっぱり、普段はしてないんですね」

 私の胸元を満足げに見ると、先ほどと同じようにして、今度は私の片方の胸に噛みついてきた。本当にここで致すのだろうか。それはご勘弁願いたい。寒いし、なにより背中がもう悲鳴を上げている。けれども、こんなに強引な彼は初めてでどうして良いか分からない。

「!」

 黒い影が三好さんの背中に飛び乗った。よくよく見ると、私の猫だった。猫は、問答無用といった様子で彼の頭(髪)に噛みついた。気に入らない相手にはよくやる行為で(彼には初めてだ)、私は慌てて注意する。

「こら駄目だって!」

 髪の毛を食われている三好さんは、無表情のまま自分の背に乗る猫の首根っこを掴んで引きはがすと、自分の眼前にまで持ってきて猫をこれでもかというほど睨んだ。

「いつもいつも邪魔を……」

 その声があまりにもドスが聞いたもので、頭の中で自分の猫が鍋にされている想像をしてしまう。猫が一方的に三好さんを嫌っていると思っていたが、どうやら違うらしい。彼の腕から猫を奪い返し、風呂場の方を指しながら「お風呂入ってきてください!今日は泊まっていいので!」と叫ぶと、機嫌悪そうに、けれども大人しく(足取りはおぼつかない)風呂場に消えて行った。

 お風呂から出てきた三好さんは、やけにすっきりしたというか、若干青くなった様子で、私に謝ると、今日はソファで良いからと私を寝室に押し込んだ。じゃあとりあえずお水飲んでおいくださいね、と1 Lのペットボトルを渡してあげると、困った様子でそれを受け取りつつ、「相変わらず、」と何かを言いかける。

「相変わらず?」
「いえ、なんでもないですよ、おやすみなさい」
「はい、おやすみなさい」

 そのまま布団に入り、三好さんの同僚さん方に「***さんの前ではかなり猫をかぶってるから」と言われた事を思い出しながら、私は再び眠りの中に身を投じた。
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