「***さん」
「あ、三好さん!」

 土曜日、新しい炊飯器を買い(水曜日突如電源が入らなくなった)に、秋葉原にある馴染みの電気屋に足を運んだ私は、意外な人と遭遇した。そう、三好さんである。D課の中で、明らかに秋葉原に来そうにないランキング第一位を掻っ攫いそうなのに、本当に驚きだ。尚、D課の他の人たちとはあの合コンで会ったきりなので顔はうろ覚えだ。

「**ちゃんの知り合い?」
「会社の人なんですよ」

 秋葉原といえばオタクの聖地で今や有名だが、元々は大規模な電気街として知られていた街だ。そういった店もまだまだ数多く残っている。(この事については某警察コメディ漫画の151巻エピソード9で触れられているので是非読んで欲しい。) 祖父が秋葉原で以前電気製品の店を営んでいたこともあり、秋葉原の電気屋さんに関して人よりは詳しい自信があった。今日訪れた電気屋は小路にあり、知る人ぞ知る卸系の店である。現在家で使っている電気製品は殆どここで買ったものだった。

 何が言いたいかというと、秋葉原に三好さんがいるのは百歩譲って良いとして、こんな外れにある店に彼がやってきた事がにわかに信じがたいという事だ。いつも会う時より服装はくだけているけど、そのTシャツ、どうせお高いんでしょう……。 (TシャツにはRUN RUN RUNと縦に印字されていた。うーん謎) ちなみに今日の私のファッションは部屋着にパーカーを一枚羽織った程度のダサダサファッションだ。ちょっと死にたい。

「会社の同僚に付き合わ……連れ添ってきたら、小路に入る***さんの姿を見かけたもので」

 つい、気になって追いかけてきてしまいました、と、これが醜男だったらこうはときめかないだろうという発言を、笑みを携えつつ仰った。

 昭和感の漂う店を物珍しそうに眺めていたので、「知り合いのお店なんです、他より安く手に入るんですよ」と言うと、「今日は何を買いに?」と聞かれ、その返答はレジのところに座っていた老人店主がした。

「炊飯器だよ」
「壊れたんですか?」
「突然電源が入らなくなったんですよ」
「そういうのに詳しいので、僕が見てもいいですよ、自宅はどちらでしたっけ?」
「あ!良いんです!実家から持ってきたかなり古いやつなので、この際買い換えようかなって。ほら!最近色々あるじゃないですか、この際ちょっと良いのにするつもりなんです。夏のボーナスも入ったし、日本人だからやっぱりお米おいしく炊けるのが良いし!」

 これを買うつもりなんですよ。レジ台に置かれていた某虎マークの箱を叩く。買うものは事前に電話で相談していて、引き取りに来たのだ。

「土鍋圧力IH炊飯ジャー、ですか」
「土鍋、憧れてたんです!ほらみてここ!メニューがこんなにもあるんですよ、無洗米・炊き込み・おこわ・おかゆ・麦飯・玄米・雑穀米!!!エコ炊きだって!」
「前から欲しがってたもんねえ。ところで今日も自分で持って帰るのかい。6キロくらいあるよ」
「大丈夫!お米10キロだと思えば余裕、これで美味しいご飯が食べられるなら尚更」

 早く紐と取っ手出してとねだると、店主ははいはいとビニール紐とプラスチックの取っ手を卓上に取り出した。「もう自分でやりな」と言われたので、いそいそと紐を握る。三好さんとは博物館の一件以来、大分打ち解けたので、少々の事は気にしないでおいた。

「あ、僕がやりますよ」
「三好さんできるんですか!IKEAでオーブン買ってそのまま宅送しそうなのに!」
「どういうイメージなんです、それ」

 私に呆れ笑いを見せつつ、慣れた手つきで箱を紐で縛り、取っ手をつけると、三好さんはそのまま持ち上げようした。それを制して荷物を奪おうとするけれど、「僕が持ちますよ」の一点張り。助けを求めるように、店主に目を向ける。

「彼氏さんが持つって言ってんだから持たせてやりゃあいい」
「彼氏さんじゃなくて、会社の知り合いってさっき言ったじゃん」
「似たようなもん」
「いやいやどこが」
「で、代金はね」

 そのまま会計に移られてしまい、ひとまずお金を支払う。すると店主は「甲子園を見たいからとっとと帰れ」と奥に引っ込んでしまった。4年にいちどあるスポーツの祭典には興味ないらしい。相変わらずだ。三好さんが大通りの方へ歩き出したので、ついていくことにした。

「三好さん、もういいですよ。私、このまま電車に乗って帰るんで。ご友人のところに戻ってください」
「……連絡は入れとかないとあとで面倒くさいか」

 ポケットから携帯を取り出した三好さんは、どこかへ電話をかけた。その隙に荷物をひったくろうと試みたが、避けられてしまった。

「ああ、僕だけど。あとはよろしく」

 それだけ言うと、一方的に電話を切り(電話口から誰かの叫び声が聞こえた)、私の方へ振り返ってにっこりと笑った三好さんは「行きましょうか」とただ一言言う。

「ど、どこに……」
「決まってるじゃないですか、あなたの家ですよ」

「10秒だけ!いや、1分だけ待ってください!」

 どうにかこうにかして三好さんを説得しようとしたものの、結局私が住んでいるアパートまでついてきてしまったので、荷物だけもらってさようならというわけも行かず(なにしろ炎天下の中荷物を持ってくれたのだ)、上がってもらう以外に他はない。ただ、朝起きて適当にして来てしまったので、家の中は騒然としているはずだ。箱を受け取りながら、玄関の扉を背に口早に言うと、三好さんはふふと笑った。いや本当にやばいんだってば。

「分かりました」
「入っていいって言うまで、入っちゃ駄目ですからね」

 玄関を開けて靴を脱ぐと、床に炊飯ジャーをどさっと置き、台所を通りぬけリビングへ足を大急ぎで進める。むわっと熱気を感じながら、エアコンの設定をフルモードにして、畳もうと思っていた洗濯物を備え付けのクローゼットに放り入れ、テーブルに置かれていた食器やらグラスを回収し、脱ぎ散らかした服を洗濯機に入れて蓋を締めたところで約30秒。コロコロを使って目に見える髪の毛やらホコリを取り、洗面所の髪やらを回収し、トイレットペーパーの端を三角折りし終える頃には、とっくの昔に1分は経っていた。出しっぱなしにしていたナプキンを戸棚に入れ終え、湯沸かしポットの電源を押した後、私は寝室の扉を薄く開いた。ひんやりとした空気が漏れだすと同時に飼っている黒猫が隙間から飛び出てくる。

「ごめんね、もう少しここにいてね」

 三好さんが以前猫を見て「あまり好きでないので」と言っていたので会わせる訳にはいかない。多少手荒ではあるけれども、部屋に押し込めて、泣く泣く玄関に向かう。

「散らかっていますが、どうぞ。あとエアコンつけたばかりで部屋かなり暑いです、すみません」
「大丈夫ですよ。じゃあ、失礼します」

 靴を脱いで、くるりと玄関の扉の方へ斜めに向き直り靴を正す所作すらも、どこか洗練されていて美しい。こなれている感じがあった。

「お茶とコーヒーと紅茶どれがいいですか」
「どれでも」
「じゃあアイスコーヒーにしますね」
「よく飲むんですか?」
「あー、昔の彼の影響でたまに」

 案の定、ぴくりと三好さんの眉が動いたのでキッチンに引っ込んで、道具を取り出す。嘘はつけない性分なのだ。そういうところが駄目なのよと友人の言葉を思い出す。コーヒーを作り終え(私は昨日沸かして冷やしておいた麦茶だ)、お盆に乗せて三好さんの元へ運ぶ。三好さんは私が机の上に置きっぱなしにしていた本を手にしていた。

「見ても?」
「あ、どうぞ。あっまって、それ伊坂幸太郎のですよね!」

 本を買った際にかけてもらったカバーをめくり、それが伊坂幸太郎である事を確認する。きちんと伊坂の文字が見えたので、安心して三好さんに本を預ける事にした。

 それから適当に話をして、一緒に炊飯ジャーの箱を開封してセッティングするだけで数時間は過ぎてしまった。食事の約束があるので、と申し訳無さそうにする三好さんに「いえいえ」と言いながら見送る。靴を履き終えて、私の方へ向いた三好さんは、「猫を飼っているでしょう」と表情を変えずに言った。

「ああ、ええとはい、よく分かりましたね」
「置いているものやにおいで分かりますよ。会わせてくれないんですか?」
「猫はお嫌いだと言っていたので」
「覚えていたとは。そんなに嫌いというわけではないですよ。そのくらいどうとでもなります」

 きっぱり言い切った事に対して、「(わあ嫌いなものも無理して食べるタイプだ)」と思いながら、「まあまた今度、機会があれば」と答える。

「それと、」
「はい?」
「付き合ってもない男性を家に上げるのは良くありません」

 こういう事をされても文句は言えませんよ、という言葉は、三好さん自身の行為で打ち消された。触れたのは一瞬だったけれど、これはもしかして、もしかしなくても。

「また連絡します」

 閉じられた扉を見つめたまま、そうして何分も固まったままでいた。猫が私を呼ぶまで自分が放心している事にすら気付かず、後々寝室の扉に顔面を強打して、おでこにたんこぶが小学生ぶりに出来てしまったのだった。
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