※未来捏造
「うわ、さっむ!」
明日の事を考えるとどうも落ち着かず、夜風にあたってこようと思った。けれど、外気は思う以上に寒く、彼らは薄着の私に大きく身震いをさせた。吐く息が、白い。どうやら夜はもうすっかり冬のようだ。夜空も冬の星たちが自己主張するように強い光を放っている。それがあまりにも綺麗なせいか私は自然と石段に座り込んで夜空を眺めていた。
星たちがだんだんとアラジンの周りに漂っていた鳥たち(実際はルフというらしい)に見えてしまい、目頭が熱くなる。彼は一体何処に行ってしまったのだろうか。かなり長い間一緒にいたせいか自分の生活の中に彼の姿がない事にまだ慣れずにいる。アリババも流石に表面上には出さなくなったが、彼がいなくなった事を全く受け入れていない。その証拠にお酒を飲む度、アリババはアラジンの名を呼び涙をこぼす。ぶっちゃけ情けない、と思う。前に進んでいるようで、実は一歩も進んでいないのでは?そんな気さえしてくる。私にも言えた事だけど。
ちなみに私はアリババと同じスラムで生まれ育った。彼は10歳の時に王宮へ連れて行かれてしまい加えて私は職を求めて違う地に移った。よって完璧に疎遠になってしまっていたが、彼がバルバットを去り旅をしている途中で私たちは偶然にも再会した。アラジンは2人の再会は運命、つまりルフの導きなのだと仕切りに言っていた。今では私も本気でそう思っている。そしてその運命をつくってくれた神様にこの上ない感謝を感じている。彼に会っていなければ私はあのまま世界の異変に飲み込まれるひとりだったのだろう。
ルフの導きにより再会した懐かしさもあってか私たちは、一緒に寝食を共にした。夜な夜な蝋燭の炎に顔を突き寄せ合って迷宮について語り合う夜は今でも私をあたたかい気持ちにさせる。
それからアラジンに会い、迷宮を攻略して、その後は本当にたくさんの事があった。悲しい事や辛い事の方が多かったかもしれない。それでも思い返すのはその合間にあった一瞬一瞬の幸せばかりで、人間というのはよく分からない。しかしそう出来ていて良かったと思う。
「お前何やってんだ」
聞き慣れた声がしたと思ったら肩に柔らかい誰かの上着をかけられる。その上着はまだ人の体温を孕んでいて、心地好い眠気を運んできた。横に座るのはやはりアリババで、反応のない私を訝しげに見ていた。
「てか、お前泣いてない?」
「え?いや、色々と昔の事を思い出してたら何か涙腺が緩んだ」
「本当に?」
「何で嘘つかなきゃいけないの」
私がきっぱり言い切ると、アリババは頭をかきながら何故か安堵の息をもらした。意味が分からない。真意を確かめる為に彼の方に向いて軽く首を傾げる。彼は私が動いたせいでずり落ちてしまった上着をもう一度私の肩にかけ直して、自信無さげに口を開いた。
「だってよー明日アレだろ?嫌すぎて泣いてんのかと思った」
「何故バレた!」
「えっ!?」
「嘘だよ、うーそ。だから泣くのは止めてください。ていうかアリババあんた何歳になってもそういうとこ成長しないね」
「お前の嘘が嘘に思えないんだよ」
この嘘つき女め、と結構きついデコピンを食らわされたのでやり返す。もちろん倍返しだ。しばらくデコピンのやり合いというしょうもない事が続いたが、私がくしゃみひとつすると、彼は私の手を引いて立ち上がった。
「部屋に戻るぞ」
「一緒の部屋じゃないんだけど。あれ、もしかして誘ってる?」
「そういう意味じゃねーよ!…まあ明日からは嫌でもそうなるけどな」
「あーうん。そう、だね」
私たちの間に何とも言えない空気が流れる。気まずくて彼に握られたままの手を離そうとするのだけれど、彼はそれを許さない。ますます強くなる力が恥ずかしい。それに立ち上がるとアリババと私の身長差がますます浮き彫りとなるので、男と女だと言われているようでよく分からないけど更に恥ずかしさが増す。私はそんな気持ちを紛らす為に辺りを見渡し話題を探した。
「ね!あの星の形鳥に似てるね!」
空いている左手で星空を指すと、アリババは目を細めて夜空を一心に見つめた。そして一言だけもらした言葉を聞き、私は後悔する。
「…アラジン」
「あー!すみませんでした!私が悪かったから泣くのは止めよう」
「べ、別に泣いてねー」
「泣きそうじゃん」
指摘すると声を詰まらせて私から視線を外した。手はいつの間にか離れていたので、これ幸いと私はアリババと少し距離を取り、近くの柱に背中を預けた。
「アラジン祝福してくれっかなあ」
「してくれるでしょ」
「明日一番来てほしかった」
「アラジンが言ってたでしょ。死んでしまった人はルフとなって世界を包んでずっと私たちを見守ってくれてるって。だから明日もきっと見てくれてるよ」
「何勝手にアラジンが死んだ事にしてんだ」
慌てて謝ると、アリババはそう言ってやっと笑顔を見せた。私は内心安心する。最近の彼は明日の事もあってか、私といる時いつも顔が強張っていたのだ。
「ちょっときちんと立ってくれないか」
「うん?」
私が姿勢を正して立つと同時にアリババは私の前で肩膝をついた。何が始まるんだ。そう言おうと思った。しかし彼の空気は有無を言わせないものを持っており、私は下唇を噛み懸命にたえる。伏せられた睫毛がそして髪の毛が夜光に照らされ柔く光っていてとても美しい。まるで同じ人間ではないようだ。そのくらい今の彼は神秘的だった。それに酔いしれていたせいか彼が顔を上げ、こちらを見たのに気付かなかった。
「**」
名前を呼ばれてはっと我に返ると、アリババは再びしかしさっきとは違い慈しむように私の手を握っていた。視線が絡み合い、凄く照れ臭い。でも外すことができない。私は息をする事さえままならず、ただ彼の次の行動を待つ、のみ。
「例えこの身が滅びようとも貴女を守ると誓います。どうか私と結婚してくれないだろうか」
手の甲にひとつキスが落とされる。私は魔法が解けたかのように吹き出してしまった。
「こっちがむちゃくちゃ真剣に!」
「だって!もう結婚する事決まってるじゃない、しかも明日結婚式!何で今さら」
「…正式に申し込んでなかっただろ。結婚するの決まったのも結婚式とかもほとんどシンドバットさんの計らいだし。あーもう!折角決めてやったとか思ったのに!」
「しっかりしてよ王様。このぐらいうまくいかなったくらいで喚いてどうすんの」
笑いながら速くなっていた心拍数をバレないように息を吐く事で落ち着ける。そして膝を抱えてまだ唸っているアリババに近付き真正面に腰を下ろした。
「ほらー明日も早いし寝ようよー」
「…返事は」
「は?」
「返事だよ!」
言わずとも分かるだろうに。表情がとてつもなく必死だったので、私はからかいたい気持ちを押さえ、みつゆびをついた。
「不束ものですが、どうぞよろしくお願いします。でもね私を守って死ぬのはやだ、わっ」
「よっしゃ!」
言いながら顔を上げると脇に手を回され緩く抱き締められる。アリババが幼い子どものように嬉しそうに笑うので、不覚にもときめいてしまった。私も手を伸ばし、彼と体温を共有すると、心臓がじんわりじんわりと熱くなる。
ああ、きっと私は君に何度だって恋をするんだ。
今なら、
君が望む全てをかなえられる、
そんな気がする
視界の片隅で落ちる流れ星に私は彼の望むものの中に自身が入っているようそっと祈った。
20121021
素敵企画「
炯然」提出