Final
「げっ」
「**!」
エレベーターが開くと、目の前にはガエリオが立っていた。思わず閉めるボタンを押そうとするが、中に入ってきた彼の手によって遮られてしまう。彼の眉は完全につり上がっていて、鬼の形相である。はたから見たら私は暴漢に襲われているか弱き乙女だ。誰か本当に助けてほしい。だって怒ったガエリオはマクギリスの次に面倒くさい。
「**の家に行ったら、家の主はいないのに鍵は開いているし、心配になって電話をかければアルミリアが出て、**は俺の実家にいるという!実家に行ったら、**が消えたと言われ今度はマクギリスから自分の家に来たと知らされて!なんなんだ!いったい!そんなに俺と会うのが嫌だったのか!」
「落ち着いて、ガエリオちゃん……calm down」
「お前のせいだろう!とにかくもう逃がさないからな」
腕をぎりぎりと掴まれ、エレベーターから引きずり出される。こうして私の逃亡劇はあっけなく幕を閉じた。そのまま玄関ポーチ前に停められていた車に押し込まれる。彼に掴まれた部分がまだ痛くて、私は奴の方を決して見るものかと、窓の方へ顔を向けた。周りを走る車や街頭に反射して、彼の顔が窓に映る。その顔が妙に男らしくて、憎らしい。
うとうとしている間に車はハイウェイを走っていた。昔どこかで見た風景に似ている。
「どこに連れていく気」
額をおでこに引っ付けたまま言う。しばらくして返ってきた答えは「I'm not telling you.(教えてやらん。)」だった。瞳がこちらに向けられる。窓を介して視線が一度合わさったが、まだ十分に目が覚めていなかった私はそのまま瞼を閉じてしまった。暗闇の中でブルーの瞳が私をまだ見つめていた。
・
・
・「おい、起きろ」
「んん」
肩を揺すられて目を開けると、ガエリオの顔がすぐそこにあった。驚いて頭を上げると、ごつんと彼の額に頭がぶつかってしまう。
「お前なあ」
「ごめん……あれ、ここどこだ」
開けられた窓から磯のにおいがする。薄明るい外に目を向けると、海が広がっていた。水平線が橙色に染まっている。朝が、訪れようとしていた。
「ほら降りてこい」
まだ覚醒しきっていなかった私は、手を引かれるがまま、車を降り、階段を下り、砂浜に足をつける。靴を履いていても、砂のさらさらとした感触がよく分かった。あたりを見渡して、あっとなる。前この海に来たことがある。ガエリオとマクギリスと私、三人で。ここで彼らが海外に行くと告げられたはずだ。日が暮れるまで私は膝を抱えてずっと拗ねていたっけ。私の手を握ったままの彼が海に近づいていく。私は足がすくんでそこから動けない。
「**?」
振り返ったガエリオの髪が風に揺れる。彼の背から太陽の光が溢れ出していく。彼が私の名前を優しい顔でまた呼ぶ。その光景はとても綺麗だった。刹那的なその美しさに、私は泣きそうになり、そのまま涙をぼろぼろと落としてしまう。
「ガエリオ、やだよ、聞きたくないよ」
だって、あの時約束してくれたもの。帰ってきたら、もう私を置いて行ったりしないって、傍にいてくれるって。私が納得する様子を見せなかったから、彼らはそう言ったのだ。分かっているけれど、もう少し待ってほしい。まだ私は彼らの手を離す準備ができていないのだ。身体はすべてきちんと成熟しきっているというのに、私の心はまだまだ未熟だった。
「それは困る」
ガエリオが私の腰を引き寄せて、私を上に向かせた。唇に、彼の唇が一瞬だけ重ねられる。なにが起きたか分からなくて、私を見て微笑む彼の顔を凝視してしまう。
「**、俺と結婚してくれるだろう?嫌だ、なんて言うなよ」
彼の頬が私の頬に寄せられ、優しい力で抱きしめられた。私は本当に意味が分からなくて、でも自分の腹の内から熱いものがせり上がってくるのを感じていた。おそるおそるガエリオの背に腕を回すと、彼の腕の力が強くなる。
水平線から姿を現した太陽が私たちを照らし出す。二人の影が砂浜に伸びていく。夜は明けた。そうしてまた朝が始まるのだ。昨日と同じようでどこか違う、朝が。