09
「それで俺の所へ来たと」
「頼むよマッキー!」
「ガエリオと同じように帰ってきたところで、疲れているんだが」
「あ、ご飯作ってあげる!だからお願い!」
マクギリスのマンションまでタクシーを飛ばした後、お金を持っていないことに気付いた私は、彼をインターホンで呼びつけて代理でお金を払ってもらった。本当に彼がまっすぐ家に戻ってくれていて良かった。タクシーの運ちゃんにキレられるところだった。まあその代わりマクギリスの機嫌があまりよろしくない。加えて泊めてなんておこがましいにも程があるのは分かっている。しかし、あそこから一番近かったのがマクギリスの家なのだ。許してほしい。
「今日はガエリオと話があったはずだろう」
「なんでそれを」
「出張中ガエリオが何回も言っていた」
「そうなんだ」
「だから気を利かせて早い便に乗ったというのに」
「ご、ごめんって」
なんとか家に上げさせてもらった私は、彼の家にたまたまあったパスタを茹でながらしどろもどろに答える。マクギリスの機嫌が本当によろしくない。ガエリオにここにいる事を知らされたら一貫の終わりだ。ご機嫌取りをしなければ。どうしてこんなにも彼に会いたくないのか自分でもよく分からないけれど、とにかく会いたくなかった。会ったら泣いてしまいそうだ。
「……前もこんな事があったな」
「そうだっけ?」
出来上がったパスタ(下の棚にトマトの缶詰があったのは幸いだ)をフォークに絡めながら、とぼけた顔をすると、テーブルを挟んで真正面に座る彼の目がすっと細くなった。ここは素直になるのがいい。じゃないと追い出されてしまう。私はしぶしぶ「そうだね」と言った。
「俺たちが卒業後海外に数年行くっていう話をしようとしたのに、何回も逃げたな」
「……うん」
「あまりにも俺たちを避けるものだからガエリオの方も躍起になって**を追いかけまわしていただろう」
「だって、職は違えどずっと一緒にいると思っていたし、そんな話、私の前で一回もしたことなかったから」
「2カ月と4日」
「うん?」
「**が逃げ続けた時間だ。今回はどのくらい逃げ回るつもりだ?」
「……ねえガエリオの好きな人ってどんな人?会社の同僚とかなんでしょう?」
きっと素敵な人なんだろうけど、私は彼にその人を紹介されてうまく笑える自信がまだないの。そう言うと、マクギリスはワイングラスから口を離して自分の口を押えた。肩が震えている。私は何か変な事を言っただろうか。
「本気で言っているのか」
「なにを?」
「だから相手が分からないと」
「え、私の知っている人?あ!あの、眉毛が独特な幼馴染の人?」
「まあいい精々悩め、ガエリオがここに着くまで」
え!声を上げる前に、マクギリスがスマートフォンの画面を私に向けた。ガエリオとのメッセージ画面が表示されている。
"I'm on my way. (すぐ行く。)"
「私の事、売ったの!こんなに頼んだのに!」
「メッセージを送ったのは、**がインターホンを鳴らした時だからな。その時はそんな話はしていなかった」
「帰る!」
私はマクギリスの財布からドル札をあるだけ奪って玄関に向かう。(彼はいつもカードなので札は殆ど入っていなかった、チクショウ!) ガエリオが到着する前にここを退散しなければ。マクギリスは見送ってはくれなかった。
やれやれと食事を続けていたマクギリスの元にメッセージが音と共に届く。メッセージを見たマクギリスは笑みを浮かべた。
「おっと、もう着いたようだ、いま出ていけば劇的な出会いができる、おめでとう」
テーブルに置かれたまま飲む主を失ったワイングラスに自分のワイングラスを軽くぶつけ、マクギリスは彼らをそっと祝福した。