シャワーを浴びて、そのまんまの格好できんきんに冷えたペットボトルを冷蔵庫から取り出す。透明な液体は俺の輪郭を歪ませる。蓋をあけてそれを飲みながら横目で時計を見ると日付が変わる数分前。インターホンが鳴った。こんな時間に誰だよ。宅配便?有り得なそうだけど、それ以外考えられない。面倒に思いつつもとりあえずパンツと脱ぎっぱなしだったTシャツを羽織る。やはり汗臭い。まあいいか。

扉を開けるとバツ悪そうな幼馴染が制服姿で立っていて、少し吃驚する。

「あ、えーと」

瞳はまるでうさぎのように真っ赤かだった。



「落ち着いたっスかー」
「もう大丈夫」

俺のベッドの端っこにちんまく体育座り。そんなに気を使わなくてもいいのに。俺はちゃんと服を着替え直して彼女のそばにドカッと腰を下ろした。ベッドの立てた音がなんだかいやらしいと思った。昔彼女とベッドの上で笑ってそんな下ネタをしていた仲なのに、とても気不味いのは、距離が遠くなったからか、俺達が年相応の考えを持ち出したからか。答えは否、どちらもだ。彼女は俺に気付かれないように、こっそり更に端に寄った。人知れず笑いが漏れる。気付いているよ。だってベッドがまた小さいけれどいやらしい音を立てたから。

「何があった、とか聞いてもいい系?」
「いや、ただ単に親と喧嘩しただけ」
「わざわざ神奈川くるぐらいなんだからただの喧嘩じゃないっスよね?」
「親からしたらただの喧嘩だよ」

そう言って彼女は何かに耐えるように笑った。そういえば髪を切ったような気がする。あと結構梳いたかも。膝小僧に埋めてあーと唸る彼女の髪は前より軽やかだ。ふわふわしている。なんだか背中がぞくぞくした。誤魔化すように髪にかかったままのタオルで髪の毛をわざと乱暴に拭く。

「髪痛むよ」

頼むから膝に顔をのっけたままこちらに笑いかけるのはやめて欲しい。しかも涙目なんて反則だ。こんな顔他の男の前でもしてんのかな。弱みを見せるのは俺だけであって欲しい。頭の中は触れていたいとかキスしたいとかそれ以上の事をしたいとか。近すぎた頃はそんな事全然思わなかったのに、何でだろうな。ああ、ほだされてやがる、畜生。俺の完全負け。手を止めて、彼女の名前を呼ぶ。

「**」
「なに」
「俺の事まだ好きていてくれるっスか」
「そんなの、当たり前じゃん」

やったげる。彼女の白い両腕が電気に照らされてさらに白く輝きながら、俺の方へ伸びる。俺は頭だけを彼女に突き出した。髪の水滴がシーツを灰色の水玉模様にする。ていうか逆に慰められてどうするんだ、黄瀬涼太。情けない。そんな俺を察してか、彼女は言った。

「やっぱ癒されるー」
「そっスか」
「信じてないね。黄瀬がさっきドア開けてくれた瞬間から萎えてた心がしゃきんってなった、これマジで。黄瀬は私の癒しの水って奴ですな」
「まだ相変わらず水ばっか飲んでるんスか」
「黄瀬だってそうじゃん。懐かしいね、夏休み水は本当に味か違うのかどうかとか言って合同自由研究とかしたねえ」
「そんで下痢した」
「そうそう。っはー本当月日が経つのは早いわー」

拭き終わったよ。いとも簡単にはなれていく。俺は彼女の左手をかろうじて掴んだ。その手を自分の頬にすり寄せる。柔らかいし、あったかい。頬を引きつらせている彼女と目が合う。にっこり微笑んでやると、今度は後ずさりまでした。逃がすものか。

「黄瀬くん。目が笑っていないのですが」
「マジっスもん」
「男がもんとか可愛くない!」

彼女はあいていた手で机上のペットボトルに手を伸ばした。蓋を開けっ放しにして放置してた自分、まじで死んでくれ。時すでに遅し。俺はたいした防御も出来ず、まともに冷たい水を顔面に喰らう。飲む時は冷たいのがいいが、流石にモロは無理だ。その後トイレに逃げ込んだ彼女にひたすら平謝りして、ついでに何もしないと知らぬ間に約束させられた。なんてついてない。彼女とそういう事するのは弱っている時がチャンスって雑誌にも書いてあったのに。でもトイレから顔を出して笑った彼女を見ると、どうでもよくなったり。でも少しは下心が動いたり。

睫毛が重なる前に

目、腫れないといいな。そんな事を思った。

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