最初に**を俺たちで育てようと言ったのはスコッチだった。
バーボンが遠隔で指示を出しながら、スコッチとライの2人で、ある郊外の豪邸に住む老人の命を絶ち、データを回収した後、火を放つ。そういう手筈のはずだった。しかし、彼らが足を踏み入れた時、死を予期した老人はすでに自分で自分の命を亡きものにしていた。拍子抜けしつつも、データを探した。バーボンが目星を大体つけていたので、それはすぐに見つかった。その時スコッチは地下へ続く階段があるのに気付いて、興味本位で降りてみようとライを誘った。その会話を聞いていたバーボンは用が済んだのなら深入りせず戻れと指示をしたが、いつだってバーボンはスコッチに勝てない。自分の言葉がいつものように右から左へ流された事を悟ったバーボンは「ああくそったれ」とヘッドホンを投げ捨て車を降り自分もその屋敷へ向かった。なにか良くない予感がしたのだ。
バーボンが彼らと同じように地下へ足を踏み入れると、床に屈んでいる2人の足元に大きい人形が転がっているのが見えた。なんでこんなところに、もっとよく見ようと持っていたライトをつけて照らすと、彼の目の前に現れたのはひとりの人間、10歳程度の少女だった。スコッチの方に光を向けると、彼の顔は信じられないほどに青ざめていた。続けてライの方にライトを向けたが、予想通り表情は読めない。本当に気に喰わないやつだとバーボンは思う。舌打ちをしながら、口にライトを加えてほとんど裸に近い少女の身体に触れる。この中で医療に一番詳しいのはバーボンだった。
瞳は虚ろでこちらの問いかけには応答しないが、医学的視野から見ると一応は生きていた。身体中のあちこちに打撲の痕が、恥辱の痕があり、首には金の輪が嵌められていた。そこから伸びる鎖が近くの鉄パイプに繋がれている。両腕に注射痕が多数に見られる事から薬物を摂取させられていたのだろう。
「生きてる、よな」
「ああ。まあこんな状態で生きていると言っていいのか分からないが」
そういえば集めた資料にペドフィリアだのなんだの書いてあったような、とバーボンは胸糞悪い気持ちの中思い出した。とにかく悪臭立ち込めるこの場所から早く抜け出したかった。それ以外にも変な薬の匂いがして、降谷零の思考を鈍らせる。
「どうしようか」
「どうするってなにもしてやれる事はないだろう。僕達の任務は老人を殺して家を燃やす事だ」
「バーボン、そりゃないだろ。お前それでも……」
「地下へ通じる扉は鉄で出来ているからここまで火の手は来ないはず。まあ一応人間が地下にいると通報しておくか?あとは駆けつけた消防か警察かなんかが上手くやってくれる。さっさと立ち去ろう」
「本気で言っているのか?」
バーボンは黒の組織に染まりすぎている、とスコッチは最近思っていた。先程飲み込んだ言葉は「お前それでも警察か?」だった。ライは異様な雰囲気が漂う2人を遠巻きに見ているだけだった。と、ライの目が、部屋の隅に向けられる。そこへひとり颯爽と向かい覆われていた布を退かす。あらわれたものを見て、ライは鼻で笑った。
「おい、早く退散した方がいいんじゃないか」
バーボンが、ライが立っている方向にライトをかざす。黒い塊と――爆薬らしきもの。赤い数字はあと1分ほどでここが消えてなくなる事を教えていた。なにもかも隠滅する気か、とバーボンが腹立たしく思っていると、横から発砲音が聞こえる。目をやると、スコッチが彼女を抱えて出口に向かうところだった。彼女の囚えていた鎖が切れて、ぶらぶらと垂れ下がっている。
「とっととおさらばしよう」
「連れて行く気か?」
「だってこうもしなけりゃこの子は死んでしまうじゃないか」
「もう死んでいると同じだ」
「そんなのは分からない。とにかく出るぞ、走れ!」
彼らが屋敷の窓から飛び出した瞬間、地響きとともに爆炎があたりを取り巻いた。爆弾があったのは地下だけではなかったらしい。煙に顔を汚しながら、来た道を戻る。スコッチの腕に抱かれている少女を見ると、光の下に晒された少女は恐ろしいほどに白く、同じ人間とは思えなかった。しかし、確かに生きていた。その証拠に彼女の瞳に自分がうつる。酷い顔をした自分が。
自分はこんなか弱い人間を見捨てようとしていたのか、と後悔に身をくすぶらせているとスコッチはすべてを分かった顔をして「なあ、生きてるだろ」と笑った。「ああ、生きてるな」彼女の頬に手を添え、優しく撫でるとバーボンの憑物がふっと落ちた気がした。車に腰掛け呑気に煙草を燻らせるライの煙が青い空にゆっくり上がっていく、そんな平凡な昼下がりだった。