「泊めてもいいとは言ったけど、する気はないよ」
エンジンを切りながら言うと、横に座る後輩はあからさまに「えっ」という顔をした。夏の夜風が車の窓から入り、降谷の前髪を揺らす。くすぐったかったのか、彼は前髪を軽く横にかき上げ、あからさまなため息をついた。
「酷いですね、久しぶりだっていうのに」
「酷い?半年ぶりにいきなり電話してきて今最寄りの駅だから迎えに来てくれっていう男よりも?」
降谷零とは大学のサークルからの馴染みで、私が4年生の時に、降谷が2年生の時に付き合い始めた。その翌年の春に私は無事卒業・就職したのだけれど、地方に配属されてしまったので、彼との関係は自然消滅になると思っていた。しかし、その後も交際が続き(理由は彼が意外にこまめな性格だったというのと、私が自ら進んで恋愛を始めるタイプではなかったからだろ思う。)、彼が警察の道に進んだ以降も本当にたまにではあるがこうして逢瀬を重ねている。こういうのが腐れ縁というやつなのだろう。いま立て込んでいる仕事が終わったら結婚しましょう、と言われたのは果たしていつだったのか。たぶん、まだ結婚に夢を見ていた頃の話だ。30も過ぎれば乙女な気分もすっかり冷めきり、休日は高校のジャージを着て食っちゃ寝するような堕ちっぷりだ。彼が来ると言って慌てて服を着替えて普段穿かないスカートまで穿いてしまう自分の単純さは健在で、それが憎い。
「仕方ないじゃないですか、忙しかったんですよ」
「いつもそのパターンじゃない。なんで私が降谷くんに振り回されなきゃいけないわけ。とにかく今日はしないからね、今後の事について話し合いましょう」
「話し合うもなにも……」
「またそういう事言う!親に急かされてるアラサーの気持ちにもなってみなさいよ!この間帰省した時なんか騙されて見合いまでしかけたんだから」
「まあまあ落ち着いて、車の窓開けっぱなんですから。近所迷惑ですよ」
「近所なんて数キロ先の牧場なんだけど。何回も来てるから知ってるでしょ」
とにかく、家に上がるのはいいけどしないから!と言い切ってシートベルトを外すためにバックルに手を伸ばしかけると、その手を降谷がやんわりと掴んだ。ぐぐっと動かしてもう一度バックルに触れようとするが、今度は強い力で阻まれてしまった。どうやら外させないつもりらしい。
「なに、甘い言葉をひとつふたつ吐いてそういう気分にする算段?」
「いえ、そうじゃないですよ。家でするのは諦めるって事をひとまず伝えようかと」
「そう?今日は随分物分かりがいいね」
降谷は「そうでしょう?」と笑顔のまま答え、左手で自分のシートベルトを外した。なんでまた手を放してくれないのだろうか、と嫌な予感を感じながらその動作を見守る。私も外して降りたいのだけれど。すると今度は私のシートベルトまで外してくれた。訳が分からず彼の顔を見ると、嘘くさい笑みを張り付けたままである。腕がぱっと放される。そこからは一瞬だった。
彼は手早く私の腰に両手を当てると、軽く上に持ち上げながらぐるりと私の身体を反転させた。そしてそのまま自身の脚の上に跨らせるようにして私を下ろした。自然と向き合う形になる。私の心臓は違う意味で速くなった。状況が全く呑み込めない。
「な、なに」
「分かりませんか」
動揺している私がおかしいのか、降谷は声を漏らして笑った。彼の手が服の裾に侵入しかけたところで、やっとこの体勢の意味を知る。
「しないって言ったじゃん!」
「家では、と僕は言いましたよね」
「そういうのずるいと思う、放してってば!」
逃げようと体を動かしたら後頭部を車の天井に強打してしまった。鈍い痛みに目を瞬かせていると、彼はしれっと「暴れない方がスムーズに事が進みますよ」と言ってのけた。ブラのホックを外すのも忘れずに。彼の親指が私の胸の頂点に到達すると、そこを撫でまわした。立っていなかった自分のそこが段々と主張していくのを感じる。
「ほん、とにやめっててば。人が来たら」
「来るわけない」
あなたがさっき言ってたじゃないですか、とでも言うように降谷は挑発気味に目を細めながら私の唇にかぶりついた。絶対口を開けてやるものか。固く口を閉ざしていると、降谷が胸の突起に爪を立ててぐりぐりと押し潰した。痛みと、あとからくる何とも言えない気持ちよさに震え、声が漏れ出そうになる。その時を待っていましたと言わんばかりに軽くあいた口の隙間に彼は自分の舌を入れ込んだ。下唇の裏側を舌で舐められたり、舌を吸われたりしているうちに抵抗する気力も失われていく。長い間合わさっていた唇が離れると同時に私は降谷の身体にしだれかかった。まだ特に何もしていないというのに、気怠さが身体を包む。そのくらい彼は、うまい、のだ。悔しいけれど。
降谷はスカートをまくり上げて私の下着に指をひっかけた。そのまま下におろされ、その時自分がきちんと濡れている事が分かり、恥ずかしくなった。もったいぶるように両手で太ももを何度も撫で上げながら私の胸を吸うものだから、つい「はやく」と漏らしてしまう。はやく欲しい。気持ちよくなってしまえば今感じているわだかまりも焦燥感もなくなってしまう気がした。くぐもった笑い声が聞こえる。
「嫌だって言ったくせに」
指が私の中に埋められて、乱雑にかき回される。濡れそぼったそこは、1本ではもう既に満足できず、もっと、と求めていた。すぐに指が増やされ、ばらばらに動かされると、それだけで気をやりそうになる。背徳感を感じるこの狭い空間が私や降谷をより興奮させているような気がした。降谷の首に回していた腕を動かして、彼のものをジーパンの上から触れる。充分に熱を持っている事がジーパン越しからでも分かった。降谷がびくりと睫毛を震わしたので面白くなり、ぐいぐいと押してやれば、私の弱い部分を引っかかれ、今度は私が身体を震わす番だった。
お互い散々焦らしあった後、反り上がった降谷のものを自分の中に上からおさめていく。いつもとは違う角度で擦れるその感覚がたまらない。腰を完全に落とせば、いつもは入らないところまで彼を感じて思わず熱い息が出る。彼も同じようで、息を断続的に漏らしながら額にはうっすらと汗をかいていた。こんなティーンみたいなセックスをこの歳になってするなんて馬鹿げている。頭では分かっているのに、腰は勝手に動き、更なる快感を求める。
「っはぁ」
汗ばんだ額をこすり付けあいながら、唇を重ね合う。夜の闇に慣れた私達はしっかりと視線を交じり合わせて互いの腰を動かした。外で鳴く虫の声と、卑猥な音が重なり変な気分になる。降谷がふと視線を外して、外を見た。
「見て、星が綺麗だ」
気持ちよさにすっかり余裕をなくしている私がそんなものを見れるわけないと知っているくせに、本当に彼はずるく、酷い男だ。
闇を喰らう獣