今だけは私をずっと見ててね。

 心の中でそう呟きながら彼を見上げると、目が合った。私は彼の目がいつだって好きだった。残念ながら今まで一度も彼は私をほんとうの意味で見てくれはしなかったけれど。その目が、いま私を見ている。ああ、満ち足りるってきっとこんな気分。こんな糞ったれな世界で私は間違いなく幸せものだ。ねえ、そんな顔しないで。私、あなたの笑っている顔が好きなの。

「ジャンはミカサのどこが好きなの?」
「なんだよ突然」

 クリスタ改めヒストリアが王冠を被って1ヶ月と半分経った。孤児院の仕事の合間、馬小屋で愛馬を手入れしているジャンに尋ねてみると、予想外に落ち着いたようすで答えが返って来た。

「だって、ミカサはエレンが好きなのジャンだって分かってるでしょ?どう頑張ったって想いは届かないのに、不毛だよそんなの」

 ブラシを放り投げて、木のバケツを引っくり返しその上に腰を下ろす。そう、不毛。私がジャンを好きでいることは私にかなしい気持ちしか与えてくれない。それを分かっているのに、私はジャンを諦めることができなかった。ジャンも似たようなものだ。けれど、ジャンは私と違って今の関係に満足しているように見受けられた。ジャンがため息をついて私を見た。

「別に、両想いだけが全てじゃないだろ」
「全てだよ。一方的に思っているだけで相手にその気持ちがまったく届かないなんて、そんなの」

 とっても悲しいし、相手が気付いていないなら「ない」のと同じだ。恋愛はお互いが気付いて始まるものなんだから。

「それは自分自身だけの話じゃねえか。自分勝手な話だろ。相手も、そうやって同じような思いをしてんなら、俺は、もういいんだ」
「ミカサがエレンに想いを伝えて、エレンもそれに答えて2人がは両想いになってもそういうこと言えんの?」
「好きな奴が幸せになるんだ。祝福してやろうじゃねえか。相手がエレンじゃなかったらそりゃあ花束でもくれてやらぁ」

 ジャンは若干吐き捨てるようにして苦々しく笑った。最初出会った頃に比べてジャンは、成長したと思う。身体もそうだけど、心もぐっと大人に近付いたと思う。そうならざるを得ないことが多すぎたせいもある。でも、私はそんな風には到底思えない。好きな人を自分の手で幸せにしたいもの。私が女だから?ジャンが男だから?違う。これは倫理や価値観とか、そういう難しい問題。私は頭が悪いから、よく分からない。


――ねえセックスってどうやるか知ってる?

 就寝時間を過ぎてそう声を掛けてきたのは、名前もよく覚えていない同期の女の子。眠気をこらえながら、知らない、というと彼女はくすくす笑った。

――男の子の"アレ"をね、私達の"ココ"に挿れるんだ。

 彼女の手が伸びてきて私のお腹を、その下を軽く擦った。くすぐったい。身を捩る。男の子のそこはおしっこが出るところだよ、私たちもだけど。私はわりと真面目に答えた。

――本当だよ。ほら、隣の寄宿舎にとびっきり可愛い子がいるでしょ。金髪で、目が青色で、おっぱいが大きい子。その子、教官とデキてるんだって。まだ12歳なのに凄いよね。でね、私見ちゃったの、その教官とその子がシてるとこ。教官のペニスがその子の股から出たり入ったり。

 そこまで聞いて私は気持ち悪くなった。その行為がなんだかとてもおぞましいものに思えた。もう寝よう。止めたにも関わらず、女の子は興奮気味に言葉を続けた。

――本当だってば。私、ちゃんとその子にも確認したもん。好き合っている人達はみんなそういうことしてるんだって。そうやって私達は生まれてきたんだって。

 そんな訳ない。私はきっぱり反論した。だってそうだったら、私のお父さんとお母さんは愛し合っているってことだ。きっかけさえあればすぐ殺し合いそうなほどに仲が悪かった2人なのに。女の子はそれを聞くとつまらなさそうに、ふうんと言って、欠伸をした。でも、凄くキモチイイらしいよ。やってみたいな。それに経験したら、女の子から「素敵な女」になれるって。

 話はそこで終わった。そしてそれからそのような会話も二度とすることはなかった。彼女は巨人に喰われて死んだから。好きな人も、セックスも出来ないまま。かわいそう、あんなに憧れてたのに。とびっきり可愛い子も死んだ。彼女とシた教官も死んだ。愛し合ってセックスまでしたふたりは、同期の子より幸せに死ねたのだろうか。その教官には奥さんがいたらしい。今となってはどうでもいいことだ。死んだら終わり。それまでだもの。



 ウォール・マリア奪還作戦の決行日が決まった日、私は決意した。これまで持ち前の反射神経で生きながらえてきた私だけど、そろそろ限界を感じていた。それなら死ぬ前に、ジャンとセックスしたい。彼の手で、女になりたい。私達愛し合っているわけじゃない。でも辛い片想いしている同士、お似合いだと思う。

 夜、物置小屋にジャンを呼び出して押し倒しながらそう言うと、ジャンは眉間に皺を寄せて不快だと言わんばかりの顔をした。私の身体を退けて起き上がろうとしたので、厨房から持ってきた果物ナイフを自分の首に当てる。

「私、本気だよ。冗談じゃない。たぶん、私は奪還作戦で死ぬ、それならその前に女の喜びを味わってみたい」
「なんで俺なんだ?」
「分からないの?」

 ほら、相手が自分の気持ちに気付いていないなら、こちらの気持ちなんて「ない」と同じなんだよ。悲しいね、とっても悲しい。悔しいから、私があなたを好きだなんて、

「教えてあげない」
「とりあえずその物騒なものしまえって」
「しまったら、私とやってくれる?」
「だから、なんでそうなんだよ。ってオイ、泣いてんのか?」

 ジャンの手が私の頬に当てられる。彼の親指が私の目尻に触れて、いつの間にか溢れていたらしい涙を拭った。おかしい。涙なんて、もう出ないと思っていたのに。瞬きをするとぼたぼたとジャンの顔に落ちた。

「今までこうやって生き抜いてきたんじゃねえか。あんま自分を安売りすんな。お前は女だし、やばくなったら逃げたっていいんだ。まだ間に合う。その、片想いのやつのとこに行って」
「安売りなんかしてない。ねえ、お願い。一度だけでいいから。ジャンがいい、ジャンがいんだよ、分かって」

 ジャンの首元に、幼子がするように顔を押し付けて縋ると、しばらくして「分かった」という声が近くで聞こえた。顔を上げると同時に、ジャンの手が私の襟元に伸びた。

 ボタンが外される、月明かりにうっすら見えるジャンの指。私の好きなもの。指の一本一本がしっかりしていて、手のひらには潰れて固くなったタコがいくつもある。

「ねえ、なんで脱ぐ必要があるの?」
「お前……本当にセ、セ」
「セックス?」
「……がどういうもんか知ってんのか?」
「知ってるよ、ジャンのこれが私の股に入って出て。んん?どこに入るんだろう?」

 話しながらジャンの股間を触ると、いつもよりふっくらしている気がした。ジャンは絶句したように一瞬目を細めて、自分の顔を両手で覆うと大きなため息を吐いた。

「本、読まねえもんな」
「うん、だいきらい」

 肩を掴まれて、ぐるりと身体がまわる。背には藁があって首元がチクチクした。ジャンが私の身体を跨いで見下ろしている。ジャンの三白眼。私のいちばん好きなもの。笑うと、一気に幼くなる目元が好き。

「俺もよく知らねえけど、まあお前よりは詳しいはずだから」
「そうなんだ。なんで?もう経験済み?」
「もういい、黙ってろ」
「分かった、黙る」

 おそるおそるといった様子で、ジャンの唇が私の首元に寄ってきて、ぢゅっと吸われた。ぴりぴりするなと、思った次には、彼の手は私の胸元を触っていた。あの頃より大きくなったはずなのに、ジャンの手にすっぽりと収まってしまう。不思議。やわく揉まれる度に乳首のしこりが痛む。最近妙に痛いのだ。なぜかは分からない。病気なのかもしれない。うつしたらどうしよう。そうチラリと思ったけど、ジャンが私と同じ病気で死ぬのはちょっと嬉しいと思った。

 しばらくしてジャンの手が服の隙間に入って、ぐいっと上に着ている服を持ち上げた。私のおっぱいがあらわになる。彼は今度はそこを舐めたり、吸ったりした。全部たどたどしくて、遠慮がちで、私はどんどん変な気持ちになった。股がむずむずした。膝を無意識にすり合わせると、ジャンの片足が私の股の間に入ってきて、私の股をぐりっと痛くない程度に膝で押した。突然の刺激に身体を強張らせると、ジャンが鼻で笑ったので、むかついて、前髪を少し引っ張ってやった。これも私の好きなもの。かたそうに見えるのに、柔らかい彼の髪の毛。常に触れたいと思っていたものがそこにあって、こんなことは多分最初で最後だから、短い髪の毛に手を埋めてなんどもなんどもその感触を堪能した。

 段々とジャンの頭が、舌が、手が下がっていく。セックスって挿れるだけじゃないんだと初めて知る。とうとうジャンの手が私の下着の中に入って、生え始めた私の下の毛を中指で撫でた。その時、また、ぐりっと押されて、先ほどより強い刺激に目をパチクリさせる。なんなんだろう。ここに何があるっていうんだろう。

 ジャンの指が、毎月血が出るところに入ろうとして、私は吃驚した。なんか濡れてる。もしかして月のものが来たのかもしれない。

「ジャン待って、血、出てるかも」
「血じゃねえ」
「?」

 ゆっくり、ゆっくりと、ジャンの指が中へ沈んでいく。爪や、彼の指の形が感じられて、ドキドキした。中指が中をぐるぐると撫で上げ、しばらくして人差し指まで入ってきた。もしかして、そこがペニスが入るところ?でもそんなのが入るような大きさじゃない。もう既に痛かった。

「よく分かんねえけど、濡れてるし、大丈夫、か」

 指を抜き、少し上に身体を上げながら、ジャンは自分のベルトを外してズボンをずらした。下着の隙間から彼のそれが見えた。久しぶりに見た男の子のソレは思ったより小さくて、これならなんとかなるかもと思ってしまう。ジャンが性急に先ほどの場所に自分のペニスを当てた。そのままぐいと入れ込もうとしたけれど、うまく入らないようだった。

「ねえ合ってる?」
「うるせえ!合ってる、と思う」
「自信なさそう」

 おかしくて笑うと、ズッと彼の先っちょが中へ入ってきた。その時、痛いと言いかけて口をつぐむ。ジャンの顔が、いつもより余裕なさ気で、なんだか格好良かったから。そのまま、ジャンは腰を進めて私の中へ押し入ってきた。やがて全部入ると、私の胸に顔を寄せ辛そうに息を吐いた。どうすればいいか分からなくて、ぎゅっとお腹に力を入れると、ジャンは低いうめき声を漏らした。ジャンも私とおんなじように痛いのかな、どうなのかな。

「大丈夫?痛い?」
「いや、俺は、痛いっていうか、お前は?痛いんならやめるか?」
「痛くないよ」

 勿論嘘だった。痛くて痛くてたまらなかった。ジャンが出したり入れたりする度に擦れる中や外がじんじんと痛んで、火傷のように熱く疼いた。それでも、ジャンが心配そうに私の事を見てくれるから、幸せだった。彼が私に向ける目は、ジャンが普段ミカサに向けるような眼差しに似ていて、嬉しかった。

少し経った後、ジャンが呻いて、自分のを引き抜いたかと思うと、なにかを私のお腹の上にまいた。生臭くて微妙にベトベトするそれは気持ち悪かったけど、終わりの合図だとなんとなく分かってホッとした。

「ジャン、ありがとう」

 服を整えながら言うと、ジャンはバツ悪そうな顔をして、「礼なんて言うもんじゃんない」と言った。ジャンは後悔している。だってジャンは私が好きなのを知らない。同期に頼まれたからといって、そのまましてしまったことに、彼は自分が情けないと思っている。違う、違うんだよ、ぜんぶ私が望んだことなの。愛し合ってなくてもセックスはできるし、気持よくないし、大人になれた気も全然しない。でも心はこの上なく幸福を感じていた。でも、ジャン、ひとつだけ聞かせて。

 ねえ、痛いと言ったらあなたはやめてくれた?


夜に浮かぶ飴色の月

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