05
「やや、少年たちいいところに」
夕暮れ、アパートの階段を駆け下りると、隣に住んでる学生ふたりと出会った。ひとりは、色黒で背高のっぽのオルガという子で、もうひとりは下手したら私より背が低い目が特徴的な三日月という子だ。制服姿の彼らは私が嬉しそうに近付くのをキョトン顔で見守っていた。
「悪いんだけど、おつかい行ってきてくれない?お礼に私のディナーに招待してあげるからさ」
「別にいいけど。晩メシ代も浮くし。で、なに買ってくればいいの?」
「ええと、待ってね」
いまさっきレシートの裏に書いたリスト、どこにやったかな。薄手のコートのポッケに手を突っ込むと、飴玉の包み紙しか出て来なかった。おかしいぞ、とジーンズのポッケを探るけど、何も出てこず。ああそうだ、玄関の鍵おきに置いたままだ、と思い出す。
「うーん、取りに行くのめんどくさいし、今から言うから覚えて、いくよーまず」
「おいおいマジかよ」
オルガが慌てて自分のスマートフォンを取り出すけれど、私の暗誦は既に始まっていた。
「ドクターペッパーのでかボトルでしょ、キャベツ、あ!除光液! えーと缶詰のコーン、人参、しそドレッシング、リモコンの電池、あと私が行ってるところのチーズケーキ専門店で、いつものやつ三人分、あ、やっぱり四人分ね、三切れと一切れで分けてもらって。はい、覚えた?」
「覚えられるわけねえだろ!なんだよそのなんとも言えないチョイスは。つかいますぐ必要か?」
「だって今日はもう家を出る気ないんだもん。野菜がないとサラダは作れないし、ドクターペッパー飲みたいし、除光液は中途半端なところで切れたせいで足の爪は変なことになってるし、リモコンの電池なんて1週間前から切れてるんだけど、そろそろわざわざ近付いてつけたり消したりチャンネル変えたりするの限界なんだよね。それにディナーに誘うからには2人が好きなものも用意してあげたいでしょ?」
「あのなあ」
「リモコンの電池はAA?」
「そう、AA。あとは分かるよね」
「うん、じゃあ行ってきます」
「いってらっしゃい、待ってる」
「おいミカ!」
スタスタと歩き出す三日月を追うオルガを見ながら、よし!帰るか!と階段を上がろうと手すりを持つ。そこで自分の右手に何か持っている事に気付いた。
「灯台下暗しってやつだな」
よれよれになったレシートのリストを眺めながら階段を上がる。大丈夫、ちゃんと全部伝えられている。自分の記憶力の良さに充分満足して、何気なく後ろを振り返る。大きな夕陽がいま地平線のかなたに飲み込まれようとしていた。
今日も同じように夜が来る。最近の夜は過ごしやすい気温で私は好きだ。ガエリオやマクギリスもいまは社内業務で会社にいるはず。だとしたら同じ夕陽を見ているのだろうか。
学生時代、三人で海に行って何をするわけでもなく砂浜に腰を下ろして日が沈むのをただただ見ていた日の事を思い出す。今日の夕陽はその日見たものによく似ている気がした。