02

「まだガエリオ来てないの?」

 仕事終わりの格好でバーに駆け込むと、カウンターにはマクギリスしか座っていなかった。金曜日ということもあってか、バーはいつもより混んでいて様々な人種がおもいおもいに喋り合っている。時折まじる異国語とアジアかどこか分からない香りに奇妙な気分を覚えた。

「遅れるらしい、私用で」
「私用?」

 聞き返すのを予め予測していたらしいマクギリスは、自身のスマートフォンの画面をこちらに向けてよこした。そこにはマクギリスの言ったとおりに"for private"と書かれていたが、その下の"she ask you about reasons, just say anything that seems suitable.(**には適当に言っておけ)"という文章の方に必然と注目する。

「なに、どういう意味」
「さあな。大方ボードウィン氏に掴まっているのだろう。たまにしか家に帰らんからな」
「ああいま実家なんだ。マクギリスは帰ってちゃんと顔見せた?」
「……まあ、用件はどうせ見合いの話さ。いつもの事だ」
「ちょっと話題そらさないで」

 彼に家のことを聞くこの調子でまとも話そうとしない。ガエリオも大概なのだが、まだ比較的帰っているだけましだろう。これ以上自分の家について話す気はないという意思を見せているので、仕方なく彼の話題に付き合うことにした。

「見合いくらい、隠さなくたっていいのに。私達の仲なんだし」
「だからこそだろう。結婚適齢期の友人2人にそんな話をわざわざしたくないさ」
「変なところで気を回すよね。あ、オーナー、パスタとそれに合うような飲み物でお願い」

 ついこの間2人目の孫が生まれたばかりの初老の店主は、注文に答えたあと、今日はひとりじゃないんだねと嬉しそうに言った。主催は遅刻だけど、と返すとそれでもいつもよりはいいさと笑った。まだ私達が大学生だった頃は、三人で通うように来ていた店だったが、最近は私単体ばかりだったので気にしていたようだ。

「食事、済んでなかったのか」
「さっきまで仕事だったからね。今日ガエリオの誘いがなかったら0時は過ぎてた。あ、ミミを預かってる時はちゃんとご飯だけあげに帰ってるからね。ついでに晩ごはんも済ませれるし。適当なことガエリオに言わないでよ」

 何気なしにネックレスをいじくりながら言うと、マクギリスはじっと私の胸元を見てきた。

「え、なに?」
「ガエリオにもらったやつだろう」
「うん。なんていう石だったかな、た、た」
「ターコイズ」

 マクギリスが飲み物に口をつけながら即答する。私の仕事外の記憶力は大抵こんなもので彼も気にしていないようだった。(ガエリオだったら呆れるか怒るかするだろう。)

「そう、それ。誕生日プレゼントにって。私、異性の人にこういうのもらったことなかったから結構嬉しくてさあ」
「そうか、それは良かったな」
「……別に深い意味は無いからね」

 分かっていると言ったマクギリスの口元が微妙に笑っていたので、分かってない!と叫ぶと、彼はますます笑った。今宵のマクギリスはどうやら上機嫌らしい。暫く長期出張がないからだろうか。とりあえず言葉では勝てないと悟ったので、彼のグラスを奪って飲んでやった。

「うぇ、これ私の嫌いなウォッカじゃん。しかもストレート」
「ただの水とでも思ったのか?飲む方が悪い」
「いつもこんなん飲まないのに。あー喉が痛い」

 予期せぬ強いお酒に身体を震わせながら耐えていると、丁度タイミングで頼んだものが運ばれてきた。口の中の味を消すために湯気の立っているボンゴレビアンコを急いで食べお酒で流し込む。お酒は私の大好きなバレンシアだった。圧倒言う間に飲み干して、次のお酒を頼む。今日はとことん飲む気だ。

 はたして何杯目で彼は来るのだろうか。

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