何かが死んだ。音も立てず。私は気付かないふりをした。死んだ部分をこっそりある奴で繕った。そうしてあの日から私は未完成なまま生きている。





「 さん、」

言葉が耳を掠めていく。私は捕らえきれなかったが、辛うじて自分のファミリーネームが呼ばれたのだと理解できた。振り向くと同じクラスの松雪集が困り顔をして立っていた。手にはホッチキスの重力で軽くしなっているプリントが握られている。印刷されている文字を読み取ると同時に、あ、と息が漏れた。そうだ、生徒総会。

「ごめんね、忘れてた」
「だろうね。大丈夫、適当に言っておいたから」
「ありがとう、優しいね」
「そんな事ないよ」
「そんな事、あるよ。本当ごめん」
「本当は悪いと思ってないだろ?最初から行く気なかったくせに」

私達の会話はいつもプログラミングされていたかのように繰り広げられる。そして私達の会話を聞いた周りの人達はいつも口を揃えて言う。「お似合い」。こんなにも機械的なのに、どうしてだろう。いいや、それより今私は混乱していなければならない。プログラミングされていた事と違う事が起きたというのに、私の脳は至って冷静だった。状況を整理せよ、脳が指令を出す。


未だに松雪集の瞳はきゅっときつくなっていて、私を睨んでいる。言い逃れはさせない。そう言っていた。初めて見る彼の醜い表情だった。それでも美しさは崩れずそこにあった。寧ろいつも以上に美しかった。彼が隠し持っている人間的部分のピースが、かちりと埋まったからに違いない。


「ご名答。悪いなんて思う訳ないでしょう」

松雪集が折角隠し持っていたピースを見せてくれたので、私もフェアに行こうと醜く笑ってやった。もっとも私は言葉通りで、美しさなんぞ持ってはいないが。当の彼はというと、目を丸くしていた。またかちりと彼のパズルが完成に近付いた。

「何て顔をしているの?君はこれが見たかったんでしょう」

ほらほら、私のピースをよく見てみなよ。君にはどんな色で、形で、大きさで見えているの。ねえ私に教えてよ。ねえねえねえねえねえねえねえねえねえ、

「いや、そうだけどさ。まさか見せてくれるとは思わなかった。巧く逃げそうだったからな」
「でも逃がす気なんてなかった」
「ああ、今日はとことん追い詰めて本性を暴いてやろうって思ってた。なのに、いきなり本性を見せるなんて。本当つまらないな、がっかりだ」
「私は君とは違って頭がいいの。わざわざ無様な姿を見せる気なんてないわ」
「ははっそうか。言っとくが俺の方が頭がいい」
「知ってる。だけどね、私が言っているのは知識じゃない。ああ知ってて言ってるのか。いやな人」

沈黙。睨み合い。お互い見つめ合っているのに、どこか違う所を見ているようだった。私は松雪集を、彼は私を見ているのには違いないが、その後、お互いが隠し持っているピースを盗み見ようとしているのだ。これはゲーム。先に相手のピースを奪い、そしてパズルを完成させた方が勝ち。ぎゅうっと実際には何も持ってないはずの右手を握り締める。絶対渡すものか。しかし爪が食い込んでとても痛い。切っておけば良かった。ふ、と手が緩む。しまった。しかし時既に遅し。案の定彼はその瞬間を見逃さなかった。

「何にも持ってない手を必死に握り締めて楽しいか?」

落ち着け、ただ単に今の私の手の事を言っただけだ。それだけだ。動揺するな、動揺したら砦が崩れてしまう。夏真っ盛りだというのに、寒い。この教室は冷房が効きすぎている。

「なん、の話」
「頭が良いんだろ?」
「残念ながら分からない」

後悔する。動揺したのがバレて欲しくなくて、強がってしまった。強がりほど馬鹿なものはない。言うな、頼むから言わないで。言われたら私は、私は。

「は、もうとっくの昔にお前の手持ち札はないくせに言ってるんだ」

松雪集は呆れたように面倒臭そうに髪を掻き上げた。どうやら彼も私と同じような発想をしていたらしい。だが、もし点が貰えるのならば、絶対私の方が点は高いだろう。なんて下らない事を考える。


そうだ、私の発想で言うと、マイパズルが完成する事は一生ない。ピースが欠けているのだ。しかし私にはどれなのか、いくつ欠けているの分からない。あまりにも大事な部分なので、どんなパズルかさえも分からない。だから、

「誰かに言って欲しかったんだろ?」

ぴたりと言い当てられる。ええ、私は待っていたの君が言ってくれるのを。ねえ教えて。助けて。私のパズルはどんな風なの。もう苦しい痛い。無いピースの場所に在るピースを無理矢理いれるのは。形も大きさも何もかもが違う。でも何が違うのか分からない。気持ちが悪い。無くした物が分からないなんて。

頬に温かい液体がするりと伝い落ちる。いつも流している涙に温度がなかった事に気付く。あったかい、もっと感じていたい。思えば思う程、涙はぼろぼろと溢れてきてくれた。

ばさり。足元に書類が二束散らばった。手が伸びてきて、私の髪を優しく撫でたかと思うと、頭を掴まれ胸板に押し付けられる。彼の服を濡らさないように下を向くと、自分の足が書類を踏んづけているのが見えた。

「俺も同じだ」

うん、知ってる。君もなくしてた事。でもね、2つも違う事があるよ。君は何をなくしたか知ってる。本間さん。そして君はそれを補ってくれる友達がいる。宿海くんと鶴見さんと安城さんと久川くん。私、君とずっと同じ学校だったからね知ってるんだよ。羨ましい、私にはいない。誰も。

カタン、教室のドアが音を立てる。隙間から黒い長い髪が揺れて消えたのを私は横目で見、薄笑いを浮かべながら目を閉じた。

きちんと返すよ、大丈夫。だから、もう少しだけ、君の胸借りてもいいですか。



ぱずる
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