※これは夢野久作の「ドクラ・マグラ」の後日談の二次創作(所謂CP)です。よってヒロインは出て来ません。置場所がないので、一時ここに置いときます。原作を知っていなくても、何となくで読めるはずです。捏造ネタバレありまくり。あと、精神学がお嫌いな方はプラウザバック。


波がザザン、ザザアンと音を立てて岩に当たり、白い泡となって再び海に溶ける。僕は、別に面白いと思うわけでもないのに、ただ生まれては消えてゆくのを眺めていた。あれから、数年経った。僕も、最愛の妻も、若林教授を中心とした人達の努力により、無事社会復帰が出来た。今は、長い夢を見ていたのではないかと疑念が生じる事はあるが、僕は確かに、妻を殺したのだ。感覚が甦る位、鮮明に覚えている。己の手で、己の欲望に赴くままに。手を見つめていると、走馬灯のように、僕の遺伝子が呪われた歴史を再生する。思わず意識が飛びそうになり、ぎりり、と手を握り締めた。大丈夫、もう治ったんだ、僕は正常に戻ったんだ。二度と過ちは繰り返さない。僕の代で、食い止める。罪の重圧に苦しむのは僕だけでいいんだ。今回ので得た物はたくさんある。その一つは、狂ってしまう方が遥かに楽だという事。狂ってしまえば、罪の事など考えずに済む。 だからこそ、狂う一歩手前でとことん苦しもうと思う。狂いたくて、死にたくて仕方がないけれど、狂えなくて、死ねなくて。それが、唯一僕に残された役目だと思う。いや、呪われた血に狂わされた先祖達全ての罪を償なう事もだ。もっと、もっと苦しまなくては。


「一郎さん」
「ああ、モヨ子か」
「そんな薄着ではお体に障りますよ」
「君の方が薄着じゃないか。君はもう1人の体ではないのだから。さあ、とっとと帰ろう」

よっこらしょと立ち上がって、長時間座っていたせいで痺れてしまった足を擦りながら手を差し出しす。モヨ子は、はにかみ照れながらも、愛おしそうに手を伸ばし僕の手を優しく包んだ。先刻まで、屋内にいた彼女の手は温かく、子宮にいるような感覚に陥った。もっと感じたくて、抱き寄せる。嫌がる素振りもせず、一言、「ほら冷たい」と笑いながら言った。僕も一言、「ごめん」と謝った。彼女は事件の記憶を一切失ってしまっている。だから、僕を慕う事が出来るのだ。それは都合の良い事だが、本当に良いとは言えない。先程、二度と狂わないと言ったが、彼女といると自信がなくなる。また殺めてしまうのではないか、と恐くなる。彼女に記憶があったなら、きっと僕を畏怖し、慕う事も、信じる事もしなかっただろう。その方が良かったに違いない。少なくとも、彼女を殺める事はないのだから。でも、彼女を幸せにする事も、使命のように感じる。僕を愛してしまった不幸な彼女に最大の幸福を与えなくては。そうやって、論理づけているが、実際はこじつけに過ぎない。僕は、彼女を愛してしまっている。それこそ、狂乱的に。

「一郎さん、背負い込まないで下さいね」
「…何の話だい?」
「私も貴方と同じ血を受け継ぐ者。それに私達、夫婦でしょう」

緩めた腕の中で、モヨ子はにこりと笑った。瞬間、何か鈍器で殴られたような頭痛が僕を襲った。
嗚呼、彼女は忘れてはいなかったのだ。僕の為に、なんていう嘘を。がくがくと震えながらも、 もう一度、強く抱き締め直す。

「本当にすまない、すまなかった」
「いいえ、いいえ一郎さんは悪くありません」
「僕は、また君を殺してしまうかもしれない」
「そんな事、私が阻止してみせます。だから、」

泣かないで、塞いだ口が、微かに動いてそう言った。そこで、やっと自分が泣いている事に気付く。若林教授は、彼女を救うことが、僕の最後の役目だと言った。それは違う、僕は救われているのだ。彼女の存在に。


暫くただただ口を合わせているだけが続いた。そして、同時に「帰ろう」と言った。また暫し笑い合う。帰ろう、三人で、あの家に。

はたと、懐にしまい込んでいる、忌々しい巻物を思い出した。取り出して、僕は躊躇する事なく海の中に放り投げた。巻物は音も立てず波に揉まれて消えていった。モヨ子は、巻物が消えた辺りに向かって、僕の手を強く握り締めながら叫んだ。

「負けるもんですかー!」
「負けるものかー!」

僕もつられて叫ぶ。
ここから、悪夢が始まった。そして、今度はここから幸福で光に満ち溢れた人生が始まるのだ。


僕はそんな気がして止まない。


a break of gene



∵原作では救われない2人が悲しくて悲しくて幸せになって欲しくて書きました。2人はあの後幸せになったって信じてます。
もしこれを読んで、原作気になるという方は、漫画で読破!シリーズの「ドクラ・マグラ」をオススメします。原作はかなりややこしくて、気がかるく狂いそうになるので、まずは漫画からの方が宜しいかと。あと、漫画の絵は好き嫌いが激しいと思います。私は一郎が大好きだかな!
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