翡翠色
6階に着くと正面から1号室、2号室、エレベーターの隣が30号室という事は、丁度端の部屋が自分の部屋になるのだろう。
生徒数が多いからだろうけれど、何しろこの広さ、廊下を端まで歩くだけで疲れそうだ。
各部屋のチャイムの横に縦に溝があり、そこにカードキーをスキャンすると開錠される仕組みになっている。
先ほどもらったばかりの鍵を縦に滑らせてカチャリという金属音を確かめてからドアを開ける。
ドアを開けてすぐにリビングとアイランド式のキッチンがあり、その奥にもう一部屋ある。左側にも少し細めのドアが付いているのは多分バスルームだろう。
リビングには白いソファが対面して置かれ、その間にはガラスのローテーブルが置いてある。白と黒を基調としたこの部屋はとてもセンスが良くまるでモデルルームの見学にでも来ている様な気分になる。
リビングだけで軽く20畳くらいあるであろう空間は常に空調が効いているのか、寒くも暑くも無く快適な温度に保たれていた。
日本についてからずっと震えっぱなしだったケータイをポケットから取り出して画面に映し出される名前を見て出ようか悩んだ末、通話ボタンを押した。
「・・・もし「今どこに居るの!?」
「・・・学校だけど」
「聞いてない!!一旦家に帰ってくるのかと思って俺昨日から寝ずに待ってたのに!!」
マイクで喋っていたらハウリングしまくるであろう電話越しに捲くし立てるこの声の持ち主は紛れも無く俺の兄の物。こうなる事を予想しながら実家に戻らなかったのはただ単に面倒だったからというだけではない。
「そっち帰ったらまた俺鳩にされちゃうじゃん。」
勘弁してよ、と小さく愚痴を零すと先ほどまで機関銃のように喋っていた兄が黙った。
鳩というのは言葉そのままではなく、兄、母、父にラブレターを渡してくれだの手作りで作ったものを渡してくれだの、"伝書鳩"が如く使われる。それを皮肉を込めて俺は鳩と言っている。
うちの一家は地元じゃちょっと(かなりかも)有名な美形家族とかいう奴で、各務家の中で唯一平凡な俺が一番頼みごとをしやすいという理由であれこれ言付ける人がわんさか居る。そんな環境に辟易して今の安岐学園に編入する事を決めた。アメリカ留学も特待生として編入する条件の一つだ。
家族みんなに猛反対を喰らったものの、思い立ったが吉日で行動力だけは並大抵じゃない俺は安岐学の理事長に二つ返事をしてその翌日にはアメリカへと飛び立って行った。追いかけてこなかっただけマシだったかもしれない。
「・・・という訳で俺、今日から寮生活だから。基本外出禁止、帰りたくても帰れないの。夏休みも盆に帰るかどうか分からない。・・・じゃあね、翡翠」
「ちょ待、」
何か言おうとした翡翠の言葉を遮るように終話ボタンを押した。
切れた事を確認するとそのまま長押しして電源ごと切ってポケットの中へと戻した。
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