疑惑

先輩はまるで年の離れた弟を甘やかすようにぐしゃぐしゃと俺の髪をかき混ぜた。先輩にも弟が居るのか慣れたその手は昔の翡翠を思い出させるようで少し気恥ずかしい。
前髪より少し長めの後ろに持っていった髪が前に散らばる。それが目にかかって視界を悪くする。



先輩はボサボサになった髪を見てその動作を止め、耳に一つだけ嵌められた暗褐色に黒の筋が入ったシンプルな石を指の腹で撫で付けた。まるで壊れ物にでも触れるかのようにその手付きは優しく、表情も普段より幾分か柔らかい気がした。



「お前―」



絶妙なタイミングでケータイの着信音がバイブと共鳴して先輩の言葉を邪魔した。電話の相手は先輩にとってあまり好ましくないような人物なのだろう、シューベルトの魔王を彷彿とさせるそのおどろおどろしい着信音と、寄せられる眉がそれを顕著に物語っていた。
気持ちはよく分かる。俺も翡翠からの着信音を魔王に変えていた時期があった。―そのお返しにこっそり某アニメEDの"はじめてのチュウ"に変えられたのは良い思いでである。



「先輩、電話鳴ってますよ」



いつまでも出ようとしない先輩に痺れを切らし、促すように言葉をかけた。
渋々通話ボタンを押してピアスのついた方の耳へケータイを持って行き肩で支える。空いた手で胸ポケットに入っていた小さな手帳を取り出して余白の部分に走り書きをすると、帰ろうと腰をあげた俺にビッと破ってそれを押し付けてひらりと手を翻した。





バタンとドアが閉まる音がやけに大きく感じる。普通科とは違って生徒数もそんなに多くない上、各自のスケジュールの都合で殆どの人が出払っているであろうあまりにも静かなこの空間にはもしかしたら先輩と俺の二人しかいないんじゃないかと妙な錯覚を起こす。

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