噂
一頻り笑い終えた所で先輩は顔にかけたままだった手を退けた。手加減はしてるだろうけど元々の力が強いのか地味に痛かったと頬を擦る。
「俺の事怖くねぇの?」
「なぜ?」
もしこれが翡翠相手だったなら質問に質問で返すなとどやされているところだ。でもこれ以外の良い返事が見当たらない。怖いで言えば昔の翡翠の方が容赦ない分何倍も恐ろしい。今はお互い丸くなったけど、あいつは現代に住む人間の皮を被った悪魔だと今でも思ってる。
先輩は一瞬面食らったような顔をして再び笑い始めた。どうやらこのはぐれメタル、とてつもなく笑い上戸のようだ。人は見た目によらないというか、普段のむすっとした表情からはこんなによく笑う人だなんて到底考えられない。普段から笑ってればいいのに勿体ない。
「お前また失礼なこと考えてたろ」
「え」
「鎌かけてみただけだっつうの」
ホントに考えてたのかよと吹き出す。本来ならばこっちが失礼なことをしているはずなのに、こうも笑われ続けると失礼なと逆ギレしたくなってくる。―そんなことをしてまたアイアンクロー擬きをかまされたらたまらないのでそんな感情はそっと心の奥深くに仕舞いこむに限る。
「今更だけどそいやあお前俺の事知らないよな」
「編入してまだ数週間なもんで」
「へー。お前が噂の」
こんな何の取り柄もないような平々凡々な奴がどう噂になるというのだろうか。平凡過ぎて噂になってるとか言われたら流石に泣く自信がある。自分でも充分自覚してるからあまりそこは掘り下げないで欲しい。
「別に悪い意味じゃねぇよ。エスカレーター学校だから編入生自体が珍しいだけ」
「ノンケが珍しいんじゃなくて?」
「それもあるかもな」
「…て事は東雲先輩もバイかゲイだったりします?」
「さぁ、どうだろうな」
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