手に持ったままの提出用の紙とペンををひったくるように奪うと膝の上で器用に文字を書きなぐった。三色ボールペンを適当に押し下げたせいかそこには赤い字が連ねられ、この人は赤以外の選択肢がないんじゃないかと思うと思わず小さく吹き出してしまった。


「…もう訂正不可だからな」

「ありがとうございます。」


優柔不断の俺はこのままだと提出期限ギリギリまで悩んでいただろう事がたった4文字であっさりと片付いてしまった。東雲先輩(プリント見て初めて名前知った)はいつまでもぐじぐじ悩んでる俺が鬱陶しかっただけかもしれないけど。お世辞にもキレイとは言えない少しへしゃげている字がどことなく優しく見えた。
あとは提出してしまうだけと思えば気も楽になった。たかだか紙切れ一枚に一週間ほどもやもやしていたのが馬鹿らしく思えてくる。


「これで貸し借りチャラな」

「むしろこっちが足りないくらいですよ」


弁当の事を貸しとして見ていただなんて結構律儀な所もあるんだなぁなんて感心しているうちに、いつの間にか目の前には眩い程の赤が広がって、あっと思ったらもう遅く口に柔らかい物が押し当てられた。片方の手は頭をがっちりとホールドしていて、もう片方は俺の前を通って手摺を掴んでいる。壁と先輩に挟まれまさに逃げ場がない状況で、混乱と気持ちよさの狭間で不安定に揺れる。何だってこんなにキスが上手いんだ。啄むようなそれは次第にねっとりと舌を絡め口内を蹂躙し、ぐらりと思考を揺らす。もうダメだと思った刹那小さなリップ音を立てて名残惜しそうに離された。



「お釣りはしっかり貰った。―続きはまた今度、な」


立ち上がりざま耳元で囁かれたテノールにぞわりと背中を震わせた。お釣というには貰いすぎじゃなかろうかなんて見当違いな怒りを覚えたものの、あまりの急展開に体も脳味噌もおいてけぼりにされた気分で、怒ることはおろかただただその場で動く事さえ忘れていた。
ようやく我に帰った琥珀は手に持った紙を見てやっぱり提出するまいかと悩んだ。

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