桜色
桜並木の道路は桃色で覆われて、日本晴れという言葉がぴったりな今日この日に琥珀は1年という期間の留学を終え、日本に戻ってきた。
風が吹けば地面の桜色が一斉に舞い上がり、空をも桃色に染め上げる様はまさに日本の美というに相応しい。
「うー寒っっ」
冬があけてようやく春の兆しが見え始めたとは言っても、気温はまだそんなに高くはなく、柔らかな陽射しのお陰でようやく春を感じられる程度だ。
もう少し厚着してくればよかったと後悔の念を抱きながら目の前にある安岐学園の門を潜る。
まるでどこかの宮殿かのように真っ白な校舎の外壁は汚れ一つすら見当たらないくらいに真っ白で、陽射しに照らされて眩しささえ覚える。
今日は入学式の1日前という事もあり、部活をしている生徒がグラウンドに疎らに見えるだけで校舎側はとても静かだ。
機内で手持ち無沙汰だった時にパンフレットを熟読しておいてよかったと、この学園を見て改めて思った。だってこれ予習復習してなかったら確実迷子になるレベルの広さだし。
門を潜って左の建物が校舎、正面に見えるのが寮。その中央の中庭には白い大理石で造られた噴水があり、その中央には甕を持ったビーナスが佇んでいる。その周りを囲むようにベンチが等間隔に4つ並んでおり、数人の生徒がそこで談笑しているのが見える。
四つ角には小さな正方形の花壇があり、とても綺麗に手入れされている。
まるで中世のヨーロッパにでも迷い込んだかと思うこの情景は、周りが山だらけという点を除いてはとても日本だとは思えないくらいだ。
見慣れない風景にキョロキョロと辺りを見回しながらおずおずと足を進めていく。
寮の玄関部分はガラス張りになっており、赤いビロードと思われる絨毯が廊下を真っ直ぐに走っていた。玄関上部にあるステンドグラスが光を受けてエントランス部分に映し出される。行った事はないけれど、きっと高級ホテルなんかはこうなっているんだろうな。
フロントには常に1人は常駐しているようで、ベルを鳴らしたらすぐに出てきてくれた。
「今日から編入する各務琥珀です。」
「各務様ですね、お話は伺っております。少々お待ちください。」
丁寧に頭を下げた後、備え付けのパソコンを操作して何かを確認した後奥の部屋へと入って行った。
すぐに戻って来たその人の手には入寮の規定と書いてある分厚い冊子と、カードキーのような物が握られていた。
「こちらが入寮の規定です。お暇な時に目を通しておいて下さい。
それと、こちらが学生証、ルームキー、クレジット機能を持つカードになります。
紛失、盗難にはお気をつけ下さい。
紛失した際の手続き等もそちらの冊子に記載されております。
各務様の部屋は6Fの6015号室です。
その他ご不明な点等御座いましたらいつでもフロントまでお申し付け下さい。」
「ご丁寧にありがとうございます。」
ペコリと頭を下げて冊子とカードを受け取った。
寮内部の案内図もしっかりと見てきたから、だいたいの位置は把握している。
この廊下の最奥部分にエレベーターがあり、そのエレベーターで各自の部屋のある階まで上る事が出来る。
エレベーターの昇降ボタンの間に溝のような隙間があり、その隙間にカードキーを通すとエレベーターが始動する仕組みになっているようだ。
「こんな所までお金かけなくても・・・」
お金持ちというのはここまで自分の快適性に拘るものなのかと感嘆と呆れを綯い交ぜにしたため息を吐いた。
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