シアン

振り払われた右手は行き場を無くし、ひやりと心地好かった手を思い出し求めるかのように空をさ迷った。
触れた手の温度に"トラ"が消えた時期と彼が留学していた時期が合致しているなぁとぼんやりと考える。そういえばトラも背はそんなに高くなかったっけか、と思いだそうとするけれど、不確定要素が多すぎて思い描くイメージがあやふやだ。
よく噂に聞くのは、黒髪に金のメッシュで、えらく強いという情報のみで、これ以上有力なものは今のところ無い。彼の噂は面白いくらい巨大な尾ひれを付けられて、人から人へと大きさを増しながら泳ぎ歩いている。
負けなしの俺を唯一負かした得体の知れない彼に、悔しさや憎しみ以上の興味がある。





ごく平凡な彼から発された掠れたテノールの声が耳に残る。
俺を見て媚びる訳でなく、むしろゆっくりと気付かれないように距離をあけ、まるで早く離れたいとでも言うようにそそくさと立ち去った彼。
少し前に佐伯から貰ったメールの内容に書いてあった内容は全て暗記している。
弁当を片付ける際、手にできた殴り胼胝が僅かながら確認できた。まじまじと観察しなければ分からない程の小さな物だが、もしかしたらこれが大きな確信へと繋がるキーパーツかもしれない。そう思うとにやけずには居られなかった。

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