深紅
感心したように呟いて、烏龍茶をテーブルに置き鰤照りに手をつける。この照り加減はまさに職人の業と言えるだろう。
箸で身を解して口へ運ぶと口の中にタレの甘辛い味が広がっていく。美味しいご飯を美味しく食べれる事ほど幸せなことはないと思う。食欲って人間の三大欲求だしね。これで周りが静かだったらどれだけ嬉しいだろうか。
未だきゃいきゃいと女子高生のようなテンションで騒ぎ立てる男達に、俺の実家のファンだとかいう人達を思い出した。
モテるっていうのも大変なのかもしれないけど、モテる家族をもつ平凡も大変なんだぞ。モテるのが大変とか平凡な俺には理解できないし、贅沢すぎる悩みだけど。
「喧しから食べたんなら部屋帰ろ。琥珀の部屋寄って良い?」
「ん?うん。何もないけど。」
「ほな行こか」
ミッキーは席を立ってぐいぐいと腕を引っ張っていく。この細身のどこにそんな力があるのだろうかと思うくらい見た目に反して結構力がある。
テーブルの上に置きっぱなしの食器が気になったけど、席をたったらさっとウェイターさんが片付けてくれていたからとりあえず一安心した。
エレベーターは俺ら二人を6階まで運んでくれる。止まる時もやけにスムーズで、振動なんてものは微塵も感じられなかった。
エレベーターから降りた瞬間、この目の前に伸びる長い廊下の事を思い出して少し憂鬱になった。何で角部屋なんだと無差別に誰かを呪いたくなった。
無駄に長い廊下をゆっくりと歩く。食堂に行っただけだというのにどっと疲れた気がする。
まるでライブ会場が如く声をあげる生徒達は耳が痛くなったりしないんだろうかと無駄な心配をしてみたり。
「この学校っておかしいやろ?男にわーきゃー騒ぎ立てよって。煩いったらあらへんわ」
「あれ何なの?あいつらこの学園のアイドルか何かな訳?」
「あー‥一種のアイドルみたいなもんやろな。とりあえずあいつらには近寄らん事やな。」
「もちろん!見目麗しい方々に近寄るつもりは毛頭ございません。」
それが面倒な事だという事を重々承知しているから。
いつだって彼らは平然とした顔で平凡を振り回す。勿論本人達にそのつもりはないとしても、結果だけ見ると散々だ。妬みやっかみを受けるのはいつも平凡。
家族だからなんとかなっていたものの、これが友人知人ともなればまたそれは別の話。ましてやここは外界との交流を断たれた封鎖された空間な訳で、自分に降りかかるであろう災難は以前と比べ物にならないだろうという事は想像に容易い。
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