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波乱につき


平凡な毎日、忙しい毎日、それとなく楽しい毎日。

そんな私の人生が今、一瞬で砕け散った。

突然突き上げるような揺れに続いて倒壊する建物。

落下物に気を取られ空ばかり眺めていたからだ。

深層で液状化でもしているのか。

割れた地面に挟まれた私は、地盤の揺れによって擂り潰された。


「まるで地球に胡麻擦りされて───


小さい頃よく胡麻擦りを手伝ったなぁなんて思いながら強烈な圧迫感の後意識は無くなった。


私は死んだのだ。
死んだ筈だった。



「……生き…てる?」


八雲は見慣れない部屋で目覚めた。
確かに感じた下から体が潰されていく感覚、胸の辺りまできて無意味な絶叫をしたところで意識が途切れている。
ハッとして横たえた体を起こして状態を確認した。

「ちゃんと付いてる…」

下半身が存在していたとしても到底原型など保っていないだろうと確信していただけに、自分の体が完全体である事に喜ぶよりも先に驚きの声を上げてしまった。

「八雲…」
「知佳!?」

一緒に居た友達が隣で寝ていた。
ベットとは程遠い粗末な毛布の上で互いにキョトンとしている。
知佳は倒壊したビルの破片で頭部に強烈な一撃をくらったようで、八雲と同じく死を覚悟したのに普通に元気で驚いている様子だった。
いつもの調子で話していると少し離れた毛布の山から顔が出てくる。

「先輩達…声が大きいです、元気ですね。」

そんな事を言う本人がノッてる時は一番喧しいのだが今は鋭い指摘だった。
八雲と知佳の後輩、朱里。
彼女もまた同じく激しい災害の中無傷で横たわる自分に疑問符を浮かべている。
女が3人集まれば井戸端会議の始まり、騒音と化した話し声に部屋の中では1人、また1人と眼を覚ます。

「…ッルせー…イテテ……?あれ…」

「なんだ?何が起きたんだ?」

「爆発が起こった後…」

見渡せばこの大きくはない部屋に結構な人数が運び込まれていた様だった。
しかし全員傷や怪我は無くとも混乱気味。
気を失う直前の記憶は皆まちまちで、知った顔も知らない顔もごちゃ混ぜである。

「ねぇ…なんかコスプレしてる人いるよね?」

八雲がふと気がついた。
日本国内で流通している漫画やアニメのような風貌の人が多いこと。
しかもキャラ被りしていないのだ。
八雲、知佳、朱里は全員それぞれオタク≠ニいうやつだ。
各々推し作品は違うにしろ世の中流通している作品は何となく分かる。
万事屋3人、真選組3人…

「「「 銀魂併せってヤツか 」」」

思わず3人の声がハモってしまった。
その声に反応してか、コスプレ組が振り向き話しかけてくる。

「オイ、お前ら天人か?随分とハイカラな格好だな。」

(なんかなりきってるなぁー…)

黒服に日本刀を脇に刺した真選組のナリである。
深い黒髪だからこの人は土方十四郎役なのであろう、最近原作ファンになった八雲は確信する。

「私達同じく侍の国の者でございます。
貴方がたはそのお姿、真選組とお見受け致しますが此処は江戸で御座いますか?
災害に合い記憶が定かでないのです。」
( (…ノリすぎ!) )

唐突な八雲の悪ノリに知佳も朱里僅かに噴き出しながら顔を背ける。
そんな連れ2人に彼はチラリと視線を送ったが気にも留めない様子で答えた。

「そうか、俺達も任務中大規模な爆発に巻き込まれて現状が把握できていない。
此処は何処なのか、俺達を運んできたのは誰なのか検討もつかねぇ。」

( ( (乗っかってきちゃったーー!?) ) )

大真面目な顔で煙草に火をつけるのだから最早役者だ。

「そんな言葉遣い、どっかのお嬢さん方なワケ?
いや小間使いか…みんなお揃いの格好しちゃって。」

白いクルクルパーマの兄ちゃんが話に入ってきた、こっちは坂田銀時役か。
同じ服なのは仕方ない、制服なのだから。
それにしても万事屋に真選組、よくこんなハイレベルに雰囲気を掴んでいる人選をしたものだと八雲は感心していた。

その時部屋の扉がおもむろに開きスラリとした中性的な生物が入ってきた。
生物と認識したのは普通丸いはずの耳がエルフのように尖り、あまりにも青白い肌をしていたからである。

「お気付きになりましたか。
混乱されていることでしょう、此処は “選別の間” 。
状況を詳しくお話しするので別棟へご案内します。立てますか?」

全員で顔を見合わせてしまう。
なんだか只事ではない気配に皆顔が強張っている。
視界がユラユラと揺れるような変な感覚に陥りながらも立ち上がり部屋を後にする。
立ち上がってみて気がついたが部屋にはまだ数名意識の無い人達が横たわっていた。

廊下を抜け外に出る。
外の日がいつもの日差しとは違ったように感じて幾分か眩しい。

目が日差しに慣れてくると全員が息を飲んだ─

自分達の立っている地面は区分けされたような岩肌が荒々しく割れ、隙間から下を覗けば雲が見える。
島と島の間は橋が架かっている様だが、場所によっては小さな浮島同士が隣の島まで足元を補うように身を寄せ合っていた。
振り返り自分達の出てきた建物を眺めると、裏手に石造りの大きな祭壇のようなものが構えている。
目の前に広がる見慣れない光景に八雲は下腹を掴まれたような足の竦みを感じたのだった。

「大丈夫か、フラついてるぜ?」
「ごめんなさい、高いところ得意じゃなくて…」
「驚くのも無理ねぇ、腕でも引いていてやろうか?
……えっとー…そういや自己紹介まだだったな。俺は坂田銀時、銀さんとか銀ちゃんでいいぜ。嬢ちゃんらはなんてーの?」

( ( (ガチだーーーー!!!) ) )

「(絵じゃないから完全にコスプレだと思ってた!)」
「(ガチだ、ガチ!)」
「(何が起こってんのコレ!?)」


八雲達は驚きのあまり3人でヒソヒソと小声で会話を繰り広げるが先程の土方同様、銀時から送られる訝しそうな視線を受け全員で自己紹介をしながら歩いて行く。
それぞれ意識を失うまでの経緯を確認しあっているうちに目的地へ着いたようだ。
浮島群の中でも少し大きめな島には広場とロッジのような建物が構えておりその中へ案内された。

「早速ですが今の状況をお話ししましょう。
ここは時空の歪み、私達は竜人族“竜の民”でありここの守人です。
貴方がたは本来交わることの無い違う時を生きている。」

訳が分からなかった。
この時空の歪みには度々私達のような人々が現れる事。
時代も人種も様々である。
しかしながら今回のような大規模な流れは初めてで、今も続々と祭壇へ人が現れている事。
そして続々と現れた人々の中で最初に目覚めたのは私達であり、多くの者は意識が戻らず消滅≠オているという事。
その消滅とは元の世界へ戻っているのか、それとも完全な死を意味しているのか、はたまたこの世界そのものが死後の世であるのかは分からないそうだ。
各々意識を失う前の記憶を辿ると十分に息絶えていてもおかしくない状況だった為に必然と空気は重くなる。

「どうか気を落とさないで下さい。
残った人々は帰る方法を探す者、探す中で下界に降りてこの時空の人間族として生きる者、魔界へ堕落してゆく者、様々です。
天界、下界、魔界に対して中立な竜人族は貴方がた異界人にも友好的です。きっと進む道を探す為のお手伝いが出来ることでしょう。」

竜人族はこの時空の在来種であり各地に小規模ながら点在しているそうだ。
ただ私達に似た人間族の住む下界へ続く道中は過酷なもので盗賊や魔界の魔物の侵略があり大変危険だという事なので、足掻いたところで最初の一手は此処に留まるしかないのは明白だった。

「ここは私達の結界が張ってあるので安心して生活してください。
竜人族の中でも私達竜の民は守人としてこの集落で一生を終えます。皆異界の話を聞きたがる事でしょう、仲良くして下さいね。」

ニコリと笑って竜の民の案内人は部屋を後にした。
宿のような細かなお世話は無いが、この建物は自由に使っていいという事だった。
大きな広間にキッチンスペース、一階、二階と小部屋が沢山ある。
現状の理解もままならない私達にとってこの家を使えるのはとてもありがたい。

「よーし部屋割り決めよーぜ」
「テメェは遠足気分か!」
「いつか決めないといけない大事な事ネ」
「ま、思い浮かぶ事から消化していけばいいだろう。皆もそれでいいかな?」

平和な世界からやってきた八雲達3人はこんな時一体どうしたらいいのか分からず硬直していると、近藤が優しく誘いかけた。
知佳と朱里は漫才をしている万事屋3人と共に近藤の提案に乗るようだ。
八雲は少し考えると思い立ったように声を上げた。

「私は明るい間に外を散策してきてもいいですか?」

和気藹々とした空気がピタリと止み全員の視線がこちらに向けられ水を差してしまったかと八雲は内心後悔した。
そんな思いも束の間、近藤の影から一際鋭い視線を送っていた土方がこちらへ歩みを進めてくる。

「俺も行こう。」

漫画で見るよりずっと冷たい彼の視線に少々臆しながら土方の方を向くと、後を追うように近づいてきた沖田が背面からヒョッコリ顔を覗かせた。

「土方さんだけじゃ心配だ、自分も行きやすぜ」
「何が心配なんだよ」
「コミュニケーションとか。」

仲が良いのか悪いのか、沖田の皮肉に一々真面目に返している土方の2人と里の散策へ出かける。
やはりこの世界の太陽は眩しい、そもそもこの光は太陽なのだろうか。
そんな事を考えながらブラブラと3人で歩く。

「しまった…ここ渡らないとダメですよね…」
「あん?この浮島から出るには渡るしかねぇだろ。」

そういえばここは浮島だった、すっかり忘れていた。
里の人達からしたら普段用途の少ない外れの浮島、向かいの島へ渡る為の足場は整備などされておらず手すりもない。
辛うじて平された面を沖田はぴょんぴょんと難なく渡って行く。
そんな彼の姿に度肝を抜かれながら八雲の足は竦んで仕方がない。

「姐さーん、怖いんですかィ?」
「ワタシハ大丈夫ダ先二行ケー」
「声上ずってるし片言になってんぞ。」

苦肉の策で四つん這いになり足のつま先からズリズリと推し進める八雲の姿がツボに入ったのか、沖田は渡った先で声を殺しながら爆笑している。
土方は呆れたように息を吐きながら彼女の腕を掴み立たせると、強引に対岸まで引っ張って行き渡り終えた所で掴んだ腕を解放した。
安堵感からかその場にへたり込み八雲の額からはドッと汗が吹き出ている。

「オイ大丈夫か?」
「すみません…土方さんのお陰で助かりました、帰りは頑張ります。」
「頑張ったら渡れんのかよ、帰りは抱えて渡ってやろうか。」

汗をぬぐいながら何も返せないでいると、土方は煙草に火をつけ煙を吹く。

「いつ帰れるやも分からねぇこんな状態で互いに気を使うのも苦だろう、敬語なんかこの際忘れちまえ。コイツは総悟、俺はトシでいい。」
「よぉトシ、テメー名前も苗字も長すぎんだよハゲ」
「オメェには言ってねーし!他人の命名にケチつけてんじゃねーよ!!」

土方と沖田の絶妙な攻防を繰り返すところを後ろから眺めていると自然と頬が緩み、互いに張り詰めていた緊張の糸もいつの間にか解けていった。

里の生活区画へ下りると今度は八雲の独壇場だ。
人と話す事に苦を感じない彼女はどんどんと住人の心へ取り入っては自分達もしっかりと売り込んでいく。
貪欲な姿勢に望外にも彼等は暖かく迎えられ僅かながら野菜や果物などの食料を得られたのだった。

「お前コミュ力逞しいな」
「厚かましいってたまに言われる。」

言われる前に言ってやったぜと言わんばかりの八雲表情に土方もツッコミを飲み込んだ。
帰路につこうかと分岐へ差し掛かると唐突に沖田が口を開く。

「俺ァここから門までひとっ走り行って外がどんなもんか見てきやすぜ、土方さん達は先に戻ってて下せぇ」
「1人で大丈夫か?」
「その籠を女1人に持たせる方が無理ってもんでしょう」

2つに分けられた籠は男1人で抱えるのも難しいくらいの大きさだ。
土方と軽く言葉を交わすと沖田は1人夕闇に消えて行ってしまった。





(うわ…さっっむぅ!)

二つになった影が薄暗がりをゆっくりと進んで行く。
雲の上なだけあって寒い、日中は眩しい日差しが背中を焦がすくらいだったのに日が暮れると一変して冬のようだ。
土方の2歩後ろを歩きながら隠れるように身を縮めていると、急に彼の歩みが止まった。
何事だろうかと一緒に歩みを止め様子を伺っていると、籠を置いた彼は上着を脱ぎ八雲の肩にフワリと被せる。

「着とけ」

上着を脱いでしまえば土方も先程までの八雲と変わらぬような薄着になってしまう。
全く気にしない素振りのまま左手で籠を抱えると右手をポケットに入れて歩きだす。
彼の優しさと掛けられた上着から漂う男の香りにドギマギとしていると不意に目の前に逞しい右腕が差し出された。

「島、渡るぞ。暗くて危ねーから気をつけろ。」

差し出された右腕におずおずと手を伸ばすとシャツ越しに彼の体温を感じる。
土方もまた布越しに伝わるヒンヤリとした八雲の指先に眉をピクリと動かすとポケットへ納めていた右手で彼女の左手を包んだ。

「お前なぁ、寒いなら早く言えよ」
「気がついたら既に冷たかったのです…」
「女が身体冷やすもんじゃねぇ」

思っていた以上に冷たくなっていた事に驚き呆れながら温もりを分けるようにしっかりと手を握りしめる。

「気遣いの達人みてぇなことしやがるのに、自分の事には案外無頓着なのな。」

何を急に言い出したんだ、とばかりに八雲は不思議そうに彼の顔を覗き込むと逆に横目で見返される。

「…今日は助かったぜ、お前の事も少し分かった。」

ありがとよ、と続けながら土方はそのまま横目で彼女を盗み見ると照れたように目を伏せ暗がりでも頬が染まっているのが分かった。
そんな姿を見ているとなんだか自分まで照れてくる。
むず痒いような気がして繋いだ手の指先を動かしていると指先が八雲の手の甲を撫で、彼女もまたぎこちなくその指に自分の物を絡ませてきた。
半端に絡み合う指は初恋のようで小恥ずかしいが互いに離す気は不思議と起こらず心地良さに浸る。
そんな甘いひと時はあっという間に過ぎ、彼らの拠点へ到着すると名残惜しそうに手を解き、扉に手を掛けた。

「ただいま〜!」
「お帰り!そのフルーツどうしたの?」
「野菜もある!」
「トシご苦労さん。総悟は?」
「外を見てくると1人行っちまいやがった。」

互いに起こった事柄を報告し合う。
とりあえず今夜の晩餐は住人に分けてもらった果物を齧りながらの今後の話し合いだ。
八雲達が拠点を離れている間にまた何人か意識を取り戻したようで、見慣れぬ初老の男性が1人広間で横になっているのに気がついた。

「……ん?んん?先生?」

八雲の目が丸くなる。
その男性は調子が悪いから、とソファで眠っているようだった。

「八雲このジジイ知ってるアルか?」
「うーん…担任?でももう何年も前の記憶だから、」

記憶と顔が一致しなくて、と続けようとした八雲は言葉を失った。
目の前でその男性が消滅したのだ。

「消えた…」

粉が弾けるように跡形もなく消えた。
消滅が一体何なのか分からず気まずい空気が流れる広間で八雲は1人真剣に思考を巡らせる。

「私ちょっと祭壇に行ってくる」
「どうしたの?」
「目が覚めるとここに来るんだよね?まだ眠ってる人の顔を見てくる。」

知佳の問いかけに有無を言わさないような返事を返すと八雲は大股で歩き出した。
が、直ぐに足を止めて振り返る。

「…トシさん上着、もうちょっと借りててもいい?」
「あぁ、持っていけ。」

お礼の代わりにニコリと笑い八雲は祭壇へ向かった。
浮島の間を繋ぐ危なげな足場をやっとの思いで1人で渡りきり、祭壇の麓選別の間≠ヨ急いだ。

通常この時空の歪みへ現れる異界人の話は聞く限りではいずれも1人ずつ。
何か理由があってこの世界に連れてこられているのであれば必然的に本人が因果の鍵になる。
今回のように大人数がいっぺんに現れるのは初めてだと言っていたから今回はその因果関係が分からず竜の民も頭を悩ませているそうだ。
実は八雲が銀魂をちゃんと読み始めたのはつい最近。
いくら国民的漫画とはいえ大定番を差し置いてブームの山が過ぎている“銀魂”が何故?
そもそもそういう関係なら八雲達を知っている筈が無い彼等が因果にはなり得ないだろう。
あの男性が本当に八雲の過去の担任であるならば、もしかして自分なのではないかと気を急かした。

真っ暗な部屋の中、目が慣れてくると外の星明かりで毛布の膨らみがいくつか確認出来る。
ひと山ずつ顔を覗き込む。

「…誰だろ」

部屋が暗い事もあるが、どの顔もなんとなく既視感のあるような顔つき。
八雲に限らず言える事で、ターミナル駅をよく利用する人間同士は毎日の中で出会う顔見知りがいるはずだ。
最早駅ですれ違った程度なのかもしれない、もしかしたら因果は自分ではない、只の早とちりだろうか?
巡る思考に脳が支配されズリズリと壁に沿ってその場にへたり込んで行く。

「何をそんなに切羽詰まって探してるのかね、八雲ちゃんは。」

暗がりで急に声をかけられて思わず肩が跳ねた。
振り返るといつから居たのか白いフワフワ頭の彼、銀時が部屋の入り口に立っている。

「友達心配してたぜ?いつもお気楽そうに笑ってる八雲ちゃんが、あんな険しい顔するのは滅多にないってさ。」
「おきらくぅ!?」

おどけて見せるもののすぐにまた思考が戻される。
銀時が神妙な顔つきでこちらを見ているのが分かるが、まだ確信の得られない仮説の話なんてして他人を巻き込みたくなかった。
欲しい結果が不鮮明な相談事ほど相手を困らせる事はない。
そんな事を考えていると顔に出ていたのか銀時は笑う。

「そんな顔すんなよ、考えてる事全部吐き出しちまえ。こう見えて万事屋銀ちゃんとは俺のこと。力になるぜ。」

(知ってるぜ)

頭のキレる銀時の事だ、ある程度考えてる内容の方向くらい検討が付いてるのだろう。
ありがとう、と言葉を発しようとした瞬間また1人運び込まれて着た。
八雲はハッとして立ち上がり寝かされたその人を覗き込む。
息が止まりそうになった。

「知り合いか?」

「……お父さん…」


───。




「という事はその因果の中心点は八雲さんで、僕達は八雲さんに引っ張られてこの時空に縛られている、と言うことですね?」

新八は俄かに信じがたいという眼差しで考え込む。

「私の父が祭壇に現れて程なくして消滅した…。この中で遠く離れて暮らす父と関わりがあったであろう人間は知佳でも朱里でもなく私しか居ない。」
「銀さんも見たんですか?」
「見たけど俺は知らねー顔だったな。ま、その話が本当なら俺らが知ってる訳ないか…。」

銀時も突飛な話過ぎて頭の後ろで手を組み遠くを眺めているようだった。

「…私が興味なんか持ったから。関わってしまってごめんなさい。理由はまだ分からないけれどちゃんと探します。帰れる方法も、皆さんの安全も、全部。」

深々と頭を下げる八雲にその場の全員が止めに入る。
この光景も何度目か。



祭壇から戻ってくるなり泣きそうな顔をした八雲が地面に這いつくばって頭を下げてきた。
全員なんと返していいのか分からない、沈黙と互いに顔を見合わせながら八雲の仮説と確信に迫る話を聞いた。
“自分が関わってしまったばかりに”、いくら否定してやっても八雲はこの言葉を何度も何度も繰り返す。
彼女の心は強固な扉に閉じこもってしまったようだった。


そんな空気の中割って入ってきたのは沖田。
八雲と土方と一緒に探索していたのだが町の入り口を見に行ったっきりやっと帰ってきたのだった。

「どうしたんでさァ、この空気。」
「総悟!お前こそどうした、その傷は…」

この状況が分からずキョトンとしている沖田だが身体中切り傷だらけ。
幸い大きな怪我はしてなさそうに見受けられたがその姿に広間は騒然となった。

「この里の入り口、正確には里を守る結界の穴だそうで、一歩外に出てみやした。魔物?魔獣?知性のない天人のバケモノみたいな奴が一斉に襲いかかってきやすぜ。刀で少しだけやり合ったが相手するだけでこのザマだ。」

真選組イチの手練れ、沖田。
彼がこうなるなら相当なのだろう。夜は特に活発な様でワサワサと湧いて出てくるそいつらは、結界に一歩入り込めば近付いてこなかったそうだ。
近藤や土方は沖田の話を聞きながら彼を労わっている。
同時に今しがた話題にしていた八雲の話も説明し始めた。

「私が全部巻き込んだみたい。怪我までさせて本当にごめんなさい。」
「別にこの傷は俺が先走ったからで、姐さんのせいでは…!?」
「…おい、八雲。お前何してるんだ?」

怪我をした沖田に椅子を進める為に彼の肩に触れた八雲だったのだが、その掌からはぼんやりと淡い光を放ち沖田の切り傷がゆっくりと塞がっていく。

「!? えっ…と、ゴメンって思ってるだけ。」
「総悟から手ぇ離してみろ。」

土方に促され沖田から手を離す。
まるで追い詰められた犯人のように手を挙げる彼女の姿はなんだか笑えた。
しかし肝心な掌は沖田から遠ざけるとぼんやりとした光はフッと消える。

「それは任意で使ってるのか?」
「ごめんホントに自分でも分からない…」
「もっぺん沖田クンに触るとどうなるの?」

今度は銀時に言われるがまま沖田の傷口に手をかざす。
するとまたぼんやりと八雲の掌が光り出した。
全員で静かに観察しているとジワジワと沖田の傷口が塞がっていく。

「へぇ、こりゃ驚いた。」
「塞がったように見えるだけ?痛みは?」
「ねぇでさァ」
「そっか、よかっ…た……」

喋りながら突然膝から崩れ落ちるように床へ倒れこんだ八雲を駆け寄った土方が抱き起こすが、呼んでも揺すっても完全に意識を失いがくりと頭を垂らした彼女に不安を覚える一同だった。



爽やかな風が吹き抜け八雲の頬を撫でた。
風に混じって仄かに煙草の香りがする。

「……トシ…さん?」
「!」

窓枠に軽く腰掛け外に向かってタバコをふかしていた土方が振り返る。

「悪い、起こしたか?」

火を消しながら八雲に近付くと、土方は労わるように彼女の額から頬にかけて乱れた髪を避けるように指を這わせた。
その指の感触が心地良い。

「ううん、自然と目が覚めたの。」
「気分は?」
「なんだか頭がぼんやりする…私どうしたの?」
「総悟の怪我治しながら気絶したんだ、覚えてるか?」

そういえばそうだった、私の手はどうしてしまったのだろうか。
土方は掌を見つめる彼女の横顔を眺めながら思考を読み取る。
すると八雲は突然あっと声を上げた。

「上着、お礼も言わず借りっぱなしでごめんなさい。」
「気にしなくていい。あんま無理すんじゃねぇぞ、八雲。」

土方はベットの端に引っ掛けてあった上着を取りながら不意に名前を呼んだ。
八雲は自分の頬が熱くなるのを感じ毛布で顔を隠す。
そんな彼女を見て土方も照れくさくなり、上着を手に取りながらわざとらしい欠伸をしてみせた。

「俺も少し寝るかな。隣の部屋にいるから何かあれば呼べよ。」
「ありがと、トシ…」

赤らんでいるであろう自分の顔を隠しながら部屋を移動する土方。
自室に入るなり手に上着を抱えたまま備え付けのベッドに倒れこんだ。
その時自分の上着からフワリと香るいつもと違う匂いに鼻を寄せた。

「……。女って何でこんなに甘い匂いがすんだよ…」

ついそのまま息を大きく吸い込んでしまう。
肺を彼女の残り香で満たす。

「鬼の副長が一目惚れ…か、笑えねー冗談だな。」

天井を眺めながら目元に手を覆いかぶせる。
気恥ずかしさから誰に見られている訳でもないのに顔を隠したくなった。
胸の奥が締め付けられる感覚と、愛しい香りの中で土方は微睡んでいった。



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