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図南の翼


屋外には少し霧が出ている。
薄暗い室内にはマントを羽織り出かける準備をしている土方と、イビキをかいている銀時、さらに毛布も掛けずに小さく丸まって寝息を立てている八雲。
土方は自分の支度を終えると彼女の枕元へ近付き毛布を肩まで掛けてやると寝顔を眺めた。
近頃はずっと近くで見てきたつもりだったが穏やかに眠る寝顔を見るのは初めてで、気絶や怪我で寝込んだ時とは違う表情に思わず釘付けになる。

「……」

寝返りによって乱れた前髪を指で整えてやると八雲は身動ぎ、頬に触れた彼の指をそっと両手で大事そうに捕まえられた。
募る気持ちを胸に秘め土方は彼女の手の甲に指を滑らせ肌を感じる。
彼女の手からそっと指を抜き扉に手をかけると、眠る銀時へ小さな声で呟いた。

「頼んだぜ。」
「…」

銀時の目が薄っすらと開く。
彼の返事も待たずにまだ朝靄の残る街へと土方は出かけていくのだった。



「……ふぁ…」

ぐっと伸びをしながら体を起こした八雲は目をこすりながらぐるりと部屋を見渡す。

「銀ちゃんおはよ…あれ…トシはぁ?」
「あいつジジイ並に早起きしてどっか出かけたぜ」
「ふぅん」

そう言う銀時も既に身支度は整っているようだ。
大きなあくびをしながら八雲も遅れを取るまいと支度に取り掛かるが、目覚める前に見た夢を思い出し左手の甲に残っている気がする温もりに思わずぽーっと眺める。
初めて出会った夜に繋いだ手のような温もりだった。

「何だ、熱でもあんのか?」

いつの間にか近くにいた銀時に驚き顔を上げると、彼は八雲の前髪を除け自分の額をそこへ押し付けた。
肌の温もりを感じながら余りの近さに心臓が爆発しそうな程脈打つ。
そんな心臓を知ってか知らずか、銀時はみるみる顔の赤みが増していく八雲を心配して頬に手のひらを当ててみる。

「顔あちーな、大丈夫かよ」
「だ、大丈夫、一時的な物だよたぶん」
「……俺はずっとの方が嬉しいけどな。」

頬に当てたままの彼の親指が熱い唇の輪郭をなぞると銀時は急に意地悪く笑って囁いた。

「ヤローには内緒だぜ?八雲…」

指が離れると彼の唇がすぐそこまで迫る。
触れそうで触れない絶妙な位置で焦らすように鼻先と吐息で攻め立てた。
もどかしい距離感に耐えかねた八雲が唇を震わせると少し触れ、その感覚に銀時は待ってましたとばかり自分のモノで塞ぐ。
触れるだけのキスな筈なのに焦らされたせいなのかとても濃厚なものに感じた。

「風邪なら俺に移しちまいな」

一瞬の出来事の去り際は実にアッサリとしたものだった。
八雲は頭から煙が上がるのではないかというくらい真っ赤な顔をしたまま支度に取り掛かるのだった。




「そんで、なんつったっけ…本屋の子」
「シルヴィ。私達は兄妹って設定!」
「妹よ、しっかり勉強してきなさーい」
「“銀兄”もやるんだよ」

この街での自分たちの設定を再確認しながらシルヴィの勉強部屋へと向かう八雲と銀時。
通りを渡ってすぐの路地なので歩いて3分もかからない。

──コン、コン

ドアノッカーを控えめに叩くが古びているせいか異様に音が響く気がした。
直ぐに扉は開き中から三角巾を被った頭がヒョッコリと現れる。

「いらっしゃい。丁度良かった、市場の仕事がひと段落して今私も来たところだったの。」
「今日もよろしくね、シルヴィ!」

八雲の顔を確認すると中へと促す。
その後ろからついて来た銀髪パーマの男を見てシルヴィは少し驚いた顔をしたが、すぐに出会いの瞬間を思い出してニコリと笑みを向けた。

「兄の銀時でぇす、妹がお世話になってるみたいで挨拶にきましたー」
「ごめんなさい、断りもなく兄を片方連れて来ちゃった。」
「いいのよ。銀時よろしくね、私はシルヴィ。今お茶を淹れるから座ってて。」

口早に話しながら頭に巻いた三角巾を外し、隣の部屋へティーセットを取りに行くシルヴィを見送りながら八雲は銀時へ顔を向けた。

「お人形さんみたいでしょ」
「目玉がまるでビー玉だな」

彼女の陶器のように透き通った肌と灰色の瞳は眺めているだけで吸い込まれそうな不思議な感覚になる。

「…なるほどね、シナモンだかカスタードだか忘れたが世の女はああいうのに憧れてバービー人形になっちまうワケか。」
「それはヴァ…って危ない言うところだった」

顎に手を当て意味深な風に呟く銀時に危うくつられるところだ。
彼のポーズが気にくわない八雲はボコボコと軽くパンチをかましてみるがそれすらも銀時は楽しんでいるようだった。

「ウフフ…兄妹仲良しね。」

戯れているとシルヴィがクスクスと笑いながらティーカップとポットを持って戻ってきた。
部屋には紅茶のいい香りが広がっていく。
ティータイムを楽しみながら世間話もそこそこに彼女から何冊か本が手渡される。

「昨日八雲の知りたがっていた基本の書よ、こっちはその基本が基盤となるまでの魔法史、詠唱概要、エネルギー理論──……」


彼女達はもう自らの世界に入っているようで銀時には付いて行けない領域の話に花が咲いているようだった。
出された紅茶を楽しみながら部屋の中をフラフラと散策してみる。
地下室らしい薄暗く埃っぽい部屋だが台所の方に目を向けると其方には緑色のカーテンで隠された窓がある事に気がついた。

「……」

少しカーテンを捲り外を覗いてみると港までの街並みが一望出来る綺麗な景色が広がっている。
そういえばここは周辺に坂がいくつかある小高い丘。
表の道からは地下室だが裏側からみたら建物の土台までキッチリ見えるのだろう、建物が密集しているせいか街中でこんなにも高低差があったとは知らなかった。
景色を堪能した銀時はカーテンを戻そうと手の中にある緑色であるはずの布を見てギョッとする。
窓ガラスに面した側が一部分だけどす黒い赤色で染まっているのだ。
そっと広げてみると何か模様のようで、八雲の読む本に書いてあるような陣に似ている。

「その窓を解放してはダメよ。」

ついまじまじと眺めてしまった彼の背後から幾分か鋭い声が飛んできた。
振り返るとシルヴィが此方を真っ直ぐと見据えている。
整った顔をというのは綺麗だが微妙な表情が読み取りにくく、銀時は少したじろぎながらも飄々とした風を装った。

「悪い…地下なのに窓があるなんて珍しいなーと思って覗いちまった!ウロウロして悪かったよ。」
「キチンとカーテンを閉めてもらってもいいかしら。」

強かに指摘され焦りつつも布をピンと伸ばしてしっかりと窓を隠す。


「何か見た?」
「えっ…いや、景色が綺麗なんだな。ここが高台になってるなんて気がつかなかったよ。」
「………」
「……な、なんで閉めきってるのかなぁなんて…」

なんだかあの印については触れてはいけない様な気がして銀時は必死に誤魔化す。
シルヴィは少し冷静を取り戻すと苦々しい表情を見せながらポツリポツリと話し出した。

「…ここの部屋は私の祖父が営んでいた古本屋で、今はもう閉めてしまっているから…大家に見つかると面倒なのよ。」
「家賃でも滞納してんのか?」
「そんな非常識なことする訳ないじゃない。この土地は祖父のものだけれど今は空家という事になっていて見つかると…ご近所がうるさいの。」

意図してないところで普段の生活を非難されたような気になり銀時は問いかけた自分を恨み渋い顔をしてしまう。
しかしどんな世界にもご近所付き合いというのは煩わしいものなんだと納得せざるを得ない完璧な説明を続ける彼女に銀時は違和感を感じるが、シルヴィも話しているうちに思い出したのか銀時につられ面倒くさそうに溜息をつき話題を変えてきた。

「ところで貴方の妹は何者なの?さっきからこうやって私達が影で話をしていても本を読むのを辞めないのね。」

そう言う彼女の脇から隣の部屋を覗くと、目を皿のようにして一心不乱に活字を追う八雲の姿があった。
数ヶ月の間に見慣れた姿だが最初見かけた時は確かに気味が悪かったなと銀時は思い出し笑う。

「あー…あいつ本読む時だけああなんだよ。スゲェ集中力で自分の頭がパンクしようが好奇心に素直なの。」

銀時は集中している八雲に歩み寄り肩に手を回しながらグッと頬を寄せて悪戯に笑って見せる。

「年頃の可愛い妹の隙だらけの瞬間、兄にとっては嬉しい時間だよ。」
「…本当にそうね。こんな隙だらけの年頃の妹、1人で外出させたくないわね。」

シルヴィの目から不意に力が抜け、悲しげな顔をしたと思うとすぐに優しい笑みを浮かべた。

「ごめんなさい、私貴方のこと不審がってたの。あんまり似ていない兄妹だからもしかして誰かの回し者なんじゃないかって…見抜かれていたかしら?」
「あ…あたりめーよ、バレバレだ。」
「うふふ、やっぱりね。お詫びにバゲットサンドをご馳走するから許してちょうだい。」

シルヴィがキッチンへ姿を消すと緊張から解き放たれたからか銀時の額から汗が噴き出した。

(ヤッベェェ!危ねぇ!!オマエが本の虫で助かったぜ八雲!)

相変わらず黙々と活字を追う八雲の頭をわしわしと撫でてやりながら心の中で感謝を述べる。
そんな最中でも八雲は活字を追う目を休めなかった。



土地の地脈、風の息吹、水の巡り、人の血潮。
この地域に根付くエネルギーの考え方は3属性に呪術のようだ。
八雲は慣れない単語の並びに苦労しながらも情報の点と点を結び、なんとか書かれた内容を理解していく。

「………むがっ」

突然口の中に何か温かい物が押し込まれた。
整理され並んでいた頭の中の情報が一気にぐちゃぐちゃと掻き乱され視線を本から離すと、目の前には心配そうな顔のシルヴィと悪戯顔の銀時がこちらを向いていた。

「…本当に凄い集中力ね。あと銀時の止め方がとても斬新だわ。」
「声が聞こえてねーからな、物理的に何かする方が効果あるぜ。」
「…ふが、ふがふが…」

八雲は言葉を発しようにも口の中の物が塞いでいて喋れない。
思い切って歯を立ててみると香ばしいパンの香りが口の中に広がり後から絶妙な塩味が追いかけてくる、チーズとハムだろうか。

「……ん、おいひいね、こえ、んにら?」
「モグモグしながら喋るんじゃありません!」

読書中の真剣な眼差しはどこへやら、すっかり腑抜けた顔でもしゃもしゃと美味しそうに頬張る八雲の姿にシルヴィは思わず笑い出した。

「バゲットサンドよ、ハムとチーズのね。…それにしてもこの落差は何?…アハハハ!」

腹を抱えて大笑いしている彼女に銀時もつられて吹き出す。
全く話についていけてない八雲はキョトンとしたままバゲットサンドを頬張っている。

「こういう奴なんだよ。」
「そうね、とても可愛いわ…あーお腹が痛い」
「休憩だ休憩。…にしても酷ぇ顔だな、後で甘いもん買ってきてやるよ。」

本人は気がついてないようだが頭のキャパオーバーを起こすと顔に出るのが八雲の特徴だ。
疲労感漂う顔付きに瞬きも減るのか目も充血している。

「銀時から聞いた。読み書きも独学だそうね、立派だわ。独学の八雲が使う魔法を見てみたいのだけど…」

すっかり彼女の疑念は拭われたのかシルヴィのお喋りは止まらない。
彼女は正体を明かしていない八雲の魔法を知りたいと言うが、それはお伽話とバッサリ切られた信仰の光なのだ。
土方にも不用意に使って見せるなと釘を刺されているがこの状況で勿体ぶるのも変な話だ、と頭の中で色々な考えが巡る。

「うん…なんか私の魔法って変なの。見せられるかな…」
「どう変なの?是非見たいわね。見て解きたいわ!」

シルヴィはさっきより目を輝かせ始めた。
余程この手の話に飢えていたのか、これはもう何を言っても追求を逃れられそうにない。
横目で銀時を見ると本棚に寄りかかって鼻をほじっており、ここで力を使う事にとやかく言う気はなさそうだ。

「シルヴィ、手を貸して。」

差し出された手に触れ彼女の腕に強化をかけた。
使用時のエフェクトも何もない静かな魔法にシルヴィは感心したように自分の腕を観察している。

「何も変わったような気がしないわね…」
「手をそのまま浮かしていてね」

八雲は手を離すと手近にある分厚い本をシルヴィの手のひらに積み上げていく。

「ちょ、ちょっと…えっ?」
「いつもより力が湧かない?」
「全く重たくない…」

1冊持つのも重たい皮張りの分厚い辞書のような本が女の細腕に7冊積み上がっている光景に蕎麦屋みたいだと銀時も笑う。
シルヴィは驚きながらも感激しているのか腕を上下に動かして力を確認している。

「強化魔法ね…こういう強化の仕方は初めて!」

魔術理論にまた花が咲き始めた事を確認すると銀時は足元の丸椅子に腰掛け、棚に寄りかかり昼寝の体勢を取るとふとシルヴィの放つ違和感に考えを巡らせるのだった。


────。


日も傾き始めた頃、土方は寂れた広場にいた。
朽ちた石像の足元に銅板が貼ってあるが文字が故意に傷つけられ読めなくされており、代わりに落書きで文字が書き加えられている。

「こりゃなんて読むんだ…」
「“貿易”だぜ、兄ちゃん。」

荒々しく声をかけられ土方はゆっくり振り返るとガラの悪そうな男が近付いてくる。
手にはナイフをチラつかせていてとても世間話など出来るような場になりそうもなかった。

「国外から来たもんで助かるぜ、しかしここは魔法都市じゃなかったのか?」
「そりゃ昔の話だな、トップが変わってから街中で魔法関係は全面禁止だ。魔法を求めてこの街に?」

マントを着ているからか相手からは丸腰の魔法使いに見えるらしい、話しながらジリジリと間合いを詰めてくる。

「別に求めちゃいねーな、知り合いに優秀なのが居るんで間に合ってる。」
「ならここにそいつを呼んできて欲しいもんだな」

男はニヤリと笑うとナイフを強く握り直した。

「今、この街は魔女狩り中だ」

土方は勢い良く振り下ろされたナイフを避けると軽い身のこなしで男の背後に回り込み男の手首を捻り上げる。

「テメッ…魔術師じゃねぇのか…」
「喧嘩売る相手が悪かったな」

素早く抜いた刀の刃先を男の首元に突き付けると余裕を含んだ意地悪な顔で笑う。

「アルテール一味に手を出すと生きて街から出られないぜ、兄ちゃん。」
「そりゃ恐ろしいな。一味のボスは街の長か?」
「スフル様はそんな小さい枠に囚われてないぜ。このポールヴィラージュを中心にこの国を牛耳るおつもりだ、バルカローレのジジイにも成し得なかった世界の王になるんだ。」

スフル・アルテール、現在の街の長で貿易の街に作り変えた人物。
バルカローレという爺さんが先代の魔導士といったところか。

「テメェらの貿易では何を主に売っていやがる」
「知りたきゃ邸宅に来な、素直に教えてやる気はないがな。」

投げやりに男は笑うが後ろ手に捻り上げられた手首が解けずもがいている。
そんな姿を土方は哀れそうに眺め再度質問を投げかけた。

「もう一つ聞こう、この街の治安は良いのか?」
「良いわけないだろ!良くしてたまるかよ。」
「…なら死体1つくらいどうって事ねーよなァ」

男が目を見開いた瞬間彼の首から赤い飛沫が飛び散る。
土方は冷たい眼差しで膝から崩れていく男を見届けると懐紙で汚れた刃先を拭い足早にその場を去って行った。



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