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快刀岩を断つ先は未来


「じゃんっ」
「あれぇナニソレ、可愛いじゃないの。」
「あおくんに貰いましたぁ」

開け放たれた窓枠に留まり囀っていた青色のインコが返事をするかの様に鳴いた。
八雲は貰ったばかりの小さなベルのようなチャームを近藤に見せそのまま鳴らしてみる。
途端に囀りで騒がしくなる室内に困惑しつつ窓枠へ視線を移すと、9羽のインコが何処からか現れ窓枠に並んでいた。

「力込めて鳴らすと子供たちも呼べます。」
「魔女っ子アイテムじゃねぇですかィ」
「ちょ…多くない!?しかも全部水色!」
「そりゃ青と白混ぜたら水色なるじゃん」

八雲は沖田の発言に日曜日の朝テレビでやっている様な女児向けアニメーションの決めポーズの真似事をしてみるが誰もピクリとも笑わない。
ドSな彼の言葉に乗ってしまった己を恥じた。

この道具で呼び出せるインコ達とは血の契約を交わした事で召喚も巨大化も八雲の力で自由自在だ。
呼び出したインコ達を腕や肩、頭に乗せて満足気な表情をしている彼女は心から動物好きだと分かる程で、その後押しもあってか先日までの皆に対する塞ぎ込むような拒絶間が消え去ったように感じ近藤はホッと胸をなでおろした。


インコ達の持つ情報で異界人から見るこの里の外の事が少しずつ分かってきた。
八雲の置かれた状況については未だに謎が多いものの、土地に伝わる儀式を調べて時空移動についてヒントが得られないか…という辺りが今後の方針になる。
様々な文献に書かれた各地に属する精霊≠ニいう存在にも会うにはそれなりの手順がいるようで、結局欲しい情報の行き着く先は各土地の文化に依存しており外界への視野を広げる事は避けられないだろう。
そうなると八雲・知佳・朱里の立ち位置がどうしても躓くポイントだという事も忘れてはいけない。

「八雲ちゃんのその力はどう使えばいいんだろうか。」

計るに知れない信仰の光というものがほぼ全員理解出来ていないのがまた難点である。

「使い方によって何でも出来るって文献には書いてあるんだけどさ…覚醒例が少な過ぎて伝承レベルでしか私も理解出来てないの。」

こういう文献は古代文字だったり独特な表記が多い為八雲も解読できないところが大半だ。

「やってみんのが早ぇーだろ」

最近では珍しく携帯していなかった刀を腰に従えた土方が立ち上がり声をかけてきた。

「結界の外ってやつの様子見付き合えよ。」

あの沖田が小さいながらも傷だらけで帰って来たあの結界の外に出る気なのか、と八雲は困惑した顔を見せる。

「私絶対足手まといだと思うよ…」
「治療は出来んだろ?何かあった時は頼む。」

近頃は日々の瞑想でスタミナでも付いてきたのか、力を使って突然倒れるような事は無くなったが相変わらずその力の限界が本人にも分かっていない状態だ。
知佳と朱里に関しても八雲に触発されたのか、何やらコソコソと訓練所へ繰り出しているようだが何を習得しようとしてるのかすら分かっていない。
そんな仲間の現状を少しでも把握しておきたいのが土方の本音でまずは手始めに身近な八雲に白羽の矢が立った。

「わかった、頑張る!」
「よし、なら行くぜ。」

別にエスコートの為に差し出した訳ではなかったが、誘うような土方の手に八雲はなんの躊躇いもなく自分の手を重ねて椅子から立ち上がると微笑んだ。
彼女の自然すぎる行動に彼の心臓も嬉しさに跳ねると乗せられた手の指をあの夜の様に絡める。

「…!」

ここまできて八雲は漸く人目がある場所でやってしまった行動に気が付き顔に熱が集まってきた。
横目で土方を見るがスカしたような表情で他所を向いている、確信犯だ。
そんな2人の姿を銀時は背後から観察していたかと思えば、ズカズカと足音を立てながら近付き強引気味に八雲の空いた手を奪った。

「俺も八雲ちゃんの力見たいからついてこ。」
「み、自ら参戦表明って銀ちゃん珍しいね!」

銀時は銀時で事故のように手を繋いでしまった土方と違い、あえて胸の前で大切そうに八雲の手を握っている。
もう恥ずかしさから八雲の頭からは煙が出そうだ。

「オイ、計画乱れるから辞退してくんない?」
「仲間の力は知っておかないとねぇ…土方クン?」

また喧嘩が始まりそうな視線の戦いが八雲を挟んで繰り広げられているが、肝心の彼女はオーバーヒート寸前でそれどころではない。

「そ、総悟!近藤さんも行こうよ!」
「あ、え…いや、俺はチョット辞めとこうかなぁ…」
「俺用事あんでパス」

八雲が上ずった声で助けを求めたが2人とも厄介ごとは御免だとでも言いたげに深く考える事もなく即辞退を告げた。
それにしても八雲は変なところで鈍感なのか自分の状態の事で助けを求めただけであって、その自分を挟んで行われている静かなる啀み合いの真意に気が付いていないのだろう。

「…全く見てる側がハラハラすんぜ。」

3人が出かけて行くところを見送ると近藤が呟いた。
その隣で沖田も見えなくなった3人の後ろ姿を追うように目を向けたまま疑問を口に出してみる。

「土方さんと万事屋の旦那…あんなに姐さんに肩入れして、江戸に連れて帰ろうとか思ってんですかねィ」

近藤も丁度その辺りの親密度に関して考えていたところだった。
確かに現状帰る算段はついておらず誰が誰と仲良くしようが口出しする権利なんか誰にもない。
ただ異界人同士、順調に帰還計画が進んで行けば仲が深まる程に最後の別れがどれだけ悲しいものになるのか全員分かっているはずだ。

「まぁ…水を差してやるな総悟。分かった上で惹かれているならそっとしておいてやろう。」
「連れ帰れるなら俺だって…」

つまらなそうに沖田は椅子にもたれかかった。
何か妙に惹かれるものが八雲にあるのは近藤にも理解できる。
それが因果たる理由なのか、只の彼女の魅力なのかは分からない。



3人は漫才のような口論を続けながら里を下っていく。
陽のあるうちは殆どの住人が仕事に精を出す時間だ。
ある人は手を振り、ある人は深々とお辞儀をする、そんな長閑な昼下がり。

「あ!ルドラークシャのお姉ちゃん!」

大きな声が聞こえ振り向くと、子供が遠くから駆け寄って来るなり八雲に飛びついてきた。

「あっ!出たなルドラークシャ!」
「は?あぁ…前に言ってやがったな。」
「???」

銀時が大声を上げると土方もつられて話題を思い出す。
こうなれば言い出した住人に問い掛ける方が早いと土方は連れの大人を目で探す。

「婆さんは一緒じゃねぇのか?」
「いるよー、ばあちゃーーん!」

子供は畝の広がる畑に向かって大きな声で呼ぶと畑からヒョッコリお婆さんが顔を出した。
八雲の姿を見るなり農作業を放り出し忙しなく家に駆け込むと、直ぐに大切そうに何か小箱を手にしたままこちらへ歩み寄り深く頭を下げる。

「ルドラークシャ様、ご機嫌麗しゅう。」
「おい婆さん、そのルドラークシャってなんだ?」
「神の涙という意味の言葉です。貴女様の操る水は命、神が流した慈愛の涙のようで里の者の間での通り名になっているのですよ。」

抽象的な話に3人の頭の中は「?」で埋め尽くされたがすぐに閃いた。
雨の殆ど降らないこの土地で空から降る水とは、練習と称して広場でやってみせたあの水龍の大演舞の事を言っているに違いない。

「菩提樹の実のことか。別名神の涙=cなんかで読んだ事ある。」

沖田の言った通りまさかの八雲の食いつきに銀時も土方も驚いたが、あの浮島を草まみれにした行為の事を指して呼ばれ始めたと思うと申し訳ないような可笑しいような。
計ってやった事ならまだしも、何が起こるか分からないでやった事なのだから背景を知ってる側としてはやはり笑いがこみ上げてくる。
そんな心の内はつゆ知らず、お婆さんはそっと手にした小箱を差し出してきた。

「これは我が家に引き継がれる精霊の耳飾りです。力の無い者がつけると耳飾りの魔力に気圧されてしまい…もう家系の中で扱える者はおりません。どうか貴女様に使っていただきたい。」
「クシャ様、付けて!」

ルドラークシャ、略してクシャか。
ここに来て初めて貰ったあだ名に少し喜びを感じながら八雲は耳飾りを手に取る。
爽やかな青色の結晶の中で何かが渦巻き、根元をよく見れば5面の菩提樹があしらわれていた。

「わぁ…綺麗…。でも私たちはいずれこの土地を離れる事になります、それでも?」
「ここまでこの里に馴染んだ異界人は今までいませんでしたよ。力を持つのに里を想い住人と共に生活を送ろうとする謙虚な方々。中でも光に目覚めた貴女様は精霊の力を持つのに相応しいのです。」

八雲の問い掛けにお婆さんは穏やかに笑って頷きながら促した。
受け取った耳飾りを自分の耳朶につけると光を受けてキラリと青く光る。
巡る魔力の流れが変わる、確かに両耳につけた耳飾りからは強い気の流れを感じた。

「とても良く似合ってらっしゃる。それは大昔水の精霊様より先祖が賜った耳飾りなのです。きっと力が導き合い出会うきっかけとなりましょう。」

風に乗って微かに揺れる耳飾りは本当に良く似合っていた。
八雲の横顔に見惚れる銀時と土方、惚け顔のまま彼女越しに互いに目が合うと気まずそうにプイと視線を背ける。

「まぁ…よく似た対照的な剣士様だこと。」

おほほと笑うお婆さんにつられて八雲も2人を交互に見てはニヤけ顔を其々に向ける。

「…剣士様だって」

八雲の声に反応して自信に満ちた表情を此方に向き直るとほぼ同時に言葉を発した。

「上等だ、守ってやるよ」
「手の届く範囲から出んじゃねーぞ」

調子に乗るなと返されるかと思っていたのに2人とも真面目に返答してくるものでだから八雲は耳まで赤くなる。

「つーか人の言葉に被せてんじゃねーよ!お育ちが知れますよお兄さぁん」
「そりゃこっちの台詞だコノヤロー!」

決め台詞を邪魔されたとまた不毛な言い合いをし始める2人に八雲は呆れるも、顔が赤い事をツッコまれず済んだことでチャラだと思うことにした。
お婆さん改めてお礼を告げ、改めて結界の穴へと歩みを進める。

「クシャ様≠ゥ…、この里を離れたら八雲には別名が必要かもしれねぇな。」
「そうだなぁ、それは俺も考えてた。」
「へ?何で??」

不意に土方の言い出した話題に珍しく銀時も賛同している、雪が降るのではないかというくらい珍しい状況にキョトンとする八雲。

「こうやってホイホイ目の当たりにしてるが天地を揺るがすとんでもねー力なんだろ?信仰の光ってよ。」

そんな大袈裟な、と八雲は言いかけるが銀時の目が煌めきを従えている。
これは大真面目な話をする時の顔だ。

「考えてみな。事情も知ってる、外部の人間に理解もあるこの里の民ですらたった1度その力を披露しただけで八雲の事を崇め始めてんだぜ?事情も何も知らない人間が見たらお前は神になっちまう。」

神だなんて痴がましい、只の人間な上に使いこなせてすらいないのに。
銀時の話に八雲は異議を唱えようとすると土方もすかさず付け足すように口を開く。

「悪用しようとする人間は絶対に居て、身元を隠さなくちゃならねぇ時もあるだろって事だ。下手すりゃ捕らわれて見世物…信者なんかが生まれりゃ狂った奴らがお前をぶつ切りにでもして御神体を崇めるのかもな。だから神父は気をつけろと最初に言ったんだろうよ。」

2人が淡々と上げていく冷静で残酷な現実的な意見に思わず生唾を飲み込んでしまった。
解放されていく力が面白くて、周りも凄いと褒めてくれるし調子に乗っていたかもしれない。

「…悪ぃ物騒な事言ったな、でもあり得ねぇ話では無いんだ。」

八雲の強張った表情を見て怖がらせてしまったかと土方は気遣う。

「大丈夫、教えてくれてありがとう。ちゃんと自覚するよう努めるから、私が道を外れていたら叩き直してね。」

八雲が力強く笑うと2人も微笑み返した。
気がつけばもう目の前に結界の境目が見える。

「さて、まずは腕試しだな。」

土方は上着を脱ぐと八雲に手渡し、銀時も腹に引っ掛けていた左手を着物の袖に通し木刀に手を掛ける。
そんな2人に八雲は歩み寄ると少し考えるように2人の腕を掴んだ。

「どした?」
「方法をどうしようかなって」

少し考えると決めたとばかりに八雲は顔を上げると軽く念じ、1人ずつ胸の服を掴み屈ませると自身も背伸びをしながら首元に軽くキスをしていった。

「なっ…」
「お…ま!」
「継続治癒はどうも消耗が酷くて。簡易だけど遠隔の印つけたの、本格的なのは焼印や刺青なんだけど傷付けるのも嫌だし…。でもやっぱキスはキモかったよねぇ、ゴメン」

( ( ンなワケねーだろォ! ) )

なんて言えるわけもなく、急だからビックリしただけと誤魔化す2人。
じわりと彼女の唇の温もりが残る首元に触れると声を揃えた。

「「命、預けたぜ。」」
「任せとけ!」

八雲も親指を立てながら負けじと元気に答えた。
いざ結界の外に出てみると目視出来るだけで5匹のバケモノがいる。
内2匹は見えるだけで遠すぎてこちらに気がついていない。

「総悟の話じゃ知性は皆無に等しいそうだ。」
「最初は八雲の目慣らしがてら様子見だな。」
「足引っ張んじゃねーぞ」
「そりゃこっちのセリフだ」

まずは1匹こちらに気がつき走ってくる。
銀時と土方は得物を構えるとすれ違いざまに両側から一太刀浴びせる。
しかし刀傷を気にする様子も無くピンピンしたまま手に鈍器を構えUターンしてきた。

八雲は2人を目で追っている。
銀時の太刀筋は力強くしなやかで、土方の太刀筋は露骨に荒々しい。
時代劇なんかで見る殺陣とは大違いで迫力に圧倒される。

「オラァ!」

「次ィ!」

2人で取り掛かれば1匹は問題なさそうだった。
1対1ならどうだろうか。
純粋に目で追うものが増える為八雲は集中力を切らさない様に注意深く全体を見る。

「!!」

一瞬土方の体勢が崩れたかと思うと鈍器の勢いに飛ばされ体が地面に叩きつけられようとしていた。
八雲は咄嗟に岩のような地面に水分を含ませ柔らかい土に変えながら同時に彼の回復を始める。

「…あっぶね、助かったぜ…!」

衝撃緩和で大した落下ダメージは受けず、更に続く回復により僅かな不調もすぐに完治していた。
無事態勢を立て直した土方に八雲はホッと胸を撫で下ろした刹那、視界の端に何か近づいて来るものに気がついた。

──ゴンッ!!

気がついた時にはもう遅い。
目視しようと振り向く瞬間コメカミに拳大の岩石をくらった。

「ぃ゛っ…!」
「八雲!!」

結構な速度で飛んで来た岩石は八雲の視界を揺らし、衝撃の反動で飛来物の飛んで来た方向とは反対側に体ごと倒れた。
土方よりもいくらか近くに居た銀時は弾かれた様に彼女の元へ駆け出すが、その一瞬の隙を突きバケモノの鋭い爪が彼の右腕を引き裂く。
地面に這い蹲りながら八雲は一部始終を見ていた。

「…銀ちゃ…っ…!ぅ、しろぉ!」

銀時の腕を回復させながら八雲は叫んだ。
背後に迫った岩石をすんでのところで弾き飛ばし倒れた八雲を掬い取りながら転がるように結界の内側へ滑り込むと抱き起こし傷の具合を見る。

「大丈夫か!」
「あそこ何か隠れてる」

結界の手前で2匹を相手している土方に向かって手を向けると印を結び叫んだ。

「轟け、白虎 !!=v
「!?」

向けた印に八雲はフッと息を吹きかけると白い虎が勢いよく飛び出し走り抜けてゆく。
虎は土方の振りかざした刀に飛び込むとバチバチと帯電したように音を立て、切り裂くのもやっとだったバケモノの皮膚を貫き骨ごと真っ二つに割った。
格段に上がった切れ味に驚き思わず刃先を伺う。

「何が起こった…」
「トシ岩影っ」

八雲の声に反応し振り返りざまに浴びせた閃光の様な一太刀は手前の岩ごと隠れていた敵を切り裂いた。
付近が片付くとすぐさま土方も結界へ向かい八雲の元へ駆け寄る。

「意識あるか!?」
「ぃ…痛ぁ…意識はしっかりしてまぁす…」

八雲は心配させまいとコメカミを押さえながら銀時の腕の支えから立ち上がろうとするがグラグラと揺れる視界に加えて足に力が入らない。
そのまま前のめりに再度倒れかかると銀時の逆の手にまた支えられた。

「しっかりしてねーだろ。脳震盪だろうが血も出てる、大人しくしな。」
「じっとしてろよ」

土方は首のスカーフを取ると目に入りそうな血を拭きそのまま止血の為に頭へ巻いて行く。
銀時は八雲の抱えていた土方の上着を取り上げ彼女の体に広げると背と膝の裏に手を回し上着ごと抱き上げた。

「テメェは八雲連れて先に戻れ、俺は神父から薬草貰ってくる。落としたりすんじゃねぇぞコラ」
「するかハゲェ」

憎まれ口を叩きながらそれぞれの経由で急ぎ帰路につく。
あまり揺らして刺激しないよう注意しながら早足で歩み進める銀時の胸板へ八雲はクタリと頭を預けている。
静かにされるがままな彼女が無性に愛おしく、つい熱い視線を送ってしまう。
そんな道中ハタと八雲が目を開けた。

「銀ちゃん…腕は痛まない?」
「は?別にオメーを抱えるくらいどってことねーよ」
「違う、傷、何ともない?」

さっき切られた腕の傷の事か。

「…ちゃんと塞がってる?」
「オメーが自分の身も顧みず直ぐに治してくれたじゃねーの、大丈夫だピンピンしてるぜ。」
「そう…」

八雲は一通り人の心配をしたかと思うとまた目を閉じて銀時に頭を預ける。
コメカミの傷は小さいながらも出血が多く中々止まらないようで、土方のスカーフからは抑えきれなくなった赤い雫が滴り始めている。

「もうちょい自分の心配してくれねーもんかね…」

隊の回復役としては良い心がけなのかもしれない、しかしそれは自らも同様に治療が出来てこそだろう。
自分のせいだと嘆いていた当初の彼女を思うと随分周りを頼るように変わったかと思えるが、人間はそう易々と変われっこない事など銀時はよく理解している。
彼女は自身を奮い立たせた上で仮面を被っているだけなのではないか?
銀時は胸の奥が締め付けられるように痛んだ。

「突然…消えたりすんじゃねーぞ。」

八雲の自己犠牲の精神が行き過ぎる面が銀時は気になって仕方ない。
もしかしたらそれが歪んでどうしようもない愛おしさと成り代わっているのかもしれないが、だとしてもその気持ちを抑えられない程に既に八雲への気持ちは膨らんでいる。
あれこれ考えていると体が勝手に彼女を優しく抱き竦め髪の毛に口付けていた。
すると八雲は閉じていた目を開け銀時を驚かせた。

「お…起きてたのね。」
「…グニャグニャする視界が気持ち悪くって目を閉じてたの。星ってやっぱり回ってるよ」

八雲が何か言ってるがつい今し方行った自分の行動の照れ臭さから話など聞かずフイと視線を逸らした。
そんな彼を見て彼女も気にせずヘラヘラと笑ってみてはいるが顔色が悪い、やはり無理をさせているのは自分の言葉なのかもしれないと銀時は思う。

「…突然には消えたりはしないから」
「!」

小さく呟かれた言葉に銀時は顔を八雲へ向ける。
同時に胸の中の根拠の無い不安を吹き飛ばした。

「居なくなる時は宣言する。止めるならちゃんと止めてね…私は頑固だよ。」

力の入ってない腕を動かし胸板を指でつつきながら放つ彼女の言葉に銀時は困ったように笑みを返した。
八雲なりの不器用な譲歩だろう。

家に着くとまだ誰も帰って来ていない広間のソファに八雲を下ろした。
目眩が落ち着きウトウトし出したのか目は閉じたまま深い呼吸をしている。

「………」

銀時は座らせた彼女を寝かせる前にもう一度優しく抱き寄せた。

「どうしても止まらねー時は、俺が付いていくまでだ。」

「……ありがと」

八雲を横に安静にさせると小さく声が聞こえた気がした。
彼女の顔を見るが変化はなかった。
銀時は少し満足そうに笑うと包帯になりそうな適当な布を漁りながら土方の持ち帰る薬草を待つのだった。




「…あれ?」

スッキリ爽快とは程遠いがそこそこ意識ははっきりとしている。
八雲の目の前の木の板が天井だと気がつくのに少し時間がかかった。

「あ、目覚めた!大丈夫?」

横になっているのは広間のソファのようだ。
背もたれの部分から知佳がひょっこり心配そうに顔を出す。

「おう、気分はどうだ?」

さらに隣から銀時が背もたれに頬杖をつきながら顔を覗き込ませてきた。
すると今度は八雲の頭の上の方から伸びてきた手に前髪をおもむろに捲られる。

「お前血圧高いんじゃねぇの?血ィ出すぎで肝が冷えたぜ。」

土方は文句を言いながらペチと額を撫でるように優しく叩いた。
気がつけばゾロゾロとソファの周りに人が集まっていた。

「心配かけてごめん…」
「元気になればそれでいいネ。フツウの人間はこうやって寝込むアル。」

神楽の言葉に全員が複雑な顔をした。
この世界での現状は即死さえ避ければ八雲の治癒で何でも治るのだ、肉壁だろうが何だって出来る。
最初は八雲が狙われなければそれで良いと思っていたがこの状況はそんな事も言ってられない。

「投石してきた奴には知能がある。無知なバケモノだけならと思ってたが考え直さねぇとな。」

土方はめくり上げた八雲の前髪を元に戻しながら難しい顔をしている。
ふと彼女の腕に誰かが優しく触れた。

「姐さん、俺も今助けてやれなくてゴメンって思っているんでさァ。でも何も光らねぇや。」

自らの掌を悔しそうに眺めながら沖田は呟いた。
初日の状況を真似ているのだろう、本当に義理堅い良い子だ。

「土方のヤローがヘマして守れなくてすまねぇ」
「オイどさくさに紛れて何口走ってんだ総悟テメー」

前言撤回、とんでもなく度肝の座った餓鬼だ。
瞬く間に広間はサディスティックな漫才会場に早変わり、去る人や乗っかる人様々であった。

「…皆ありがとう。」

クスクスと八雲は笑うと騒がしい広間で小さく呟いた。
全員の耳に届いてはいたが、その言葉は敢えては拾わず各々の頬を緩ませた。




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