「別れましょう」

彼女は言った。数日ぶりに会う彼女は少しやつれていた。

「……貴方から、連絡があったら赦そうと思ってたの。でも、もう限界」

赦すのはこちらの方だ、とビルは腹の中で思う。

「貴方のこと、部屋に絶対あげてくれないとか、仕事優先するとか、何もない日でも家にすぐ帰っちゃうとか、噂で知ってたけど、私は違うと思ってたの」

ぽろぽろと彼女の目から涙があふれ出す。滲まないマスカラに、今日は彼女が泣くつもりできたのだとビルは他人事のように思った。

「どうして、あの人は自分のプライベートスペースに入れて、私はだめなの?」

どうして止めてくれないの?どうして、と彼女は繰り返す。
ビルはまだ湯気を立てるコーヒーを口に運ぶ。
なぜ、この女性とつき合ってもいいと思ったのかもうビルにはわからなかった。

「別れよう」

それしか、ビルの中には選択肢は存在しなかった。キースを邪魔者のようにしてみた表情がどうしても頭から離れなかった。
ビルがいう。彼女は、その言葉を皮切りにして泣き崩れた。


別れ際に彼女は、そんなにあの人がいいの!?ホモ!!と自分を詰った。

ビルはそれに言葉を返さなかった。そうかもしれない、と少しだけ笑った。







アパートのドアを開ける。
中は暗い。キースがまだ帰っていないのだろうか、と思いながら電気をつけると、ソファの上で寝息をたてるキースが目に入った。

『どうして、あの人は自分のプライベートスペースに入れて、私はだめなの?』

昼間に聞いた彼女の声がリフレインする。
キースの頭の近くにしゃがみこんだ。

「……こいつが勝手に入ってくるんだよ」

その呟きを拾って、キースが眉を寄せる。起きたら謝ろう、と思いながらビルはきらきらと光る金髪を指で梳いた。

再び規則正しい寝息をたて始めたキースにビルはあきれて吹き出した。

太陽みたいだ、とその髪の毛を梳きながらビルは思う。


キースがヒーローだから、誰かを家に入れない、というのが口実であることをビルは知っていた。

しっかりとキース瞼が降りていることを確認して、ビルは額に唇を落とした。



ーーそうだ、自分はこの男が好きなんだ。


今まで無視し続けていた感情が、ビルの中ではっきりと形をとった。

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