頭の芯に霞をかける程良い酩酊感。
今日のワインはうまかったな、とビルは思う。うっすらと名前を思い出しながら、ワインの名前の勉強でもしよう、と考える。
とんとん拍子に昇進して、仕事を任されるようになってから、仕事のつきあいでの会食が増えた。
面倒ではあったし、ルームメイトのキースは家事があまりできないので、キースの食事も心配だし、下手に触られても困るので、家事がたまるのであまり好きではなかったが、ちょっとした楽しみくらい持ってもいいと思う。
ビジネスだが、楽しいに越したことはない。
今回は先方にプライベートで、妻を紹介したいとか言われた気がする。相手はいい人だし、コネクションは大切なので、喜んで、と答えたが、こちらも彼女を連れていくべきなのだろうか、とビルは最近つきあい始めた女性を思い浮かべる。
美人で利発な女性だけれど、ビジネスパートナーに紹介してもいいのか、ビルにはわからなかった。
これまでも何人かとつき合ってきたけれど、大抵ビルは相手に「私のこと好きじゃないんでしょ!」と言って振られてしまう。
今回もそうではない、とビルにはいえなくって、毎回違う女性を連れていくのは信用に関わる、とビルは考える。
やがて考えるのが面倒になって、ビルは今日はテレビで大活躍していたルームメイトを称えてやろう、と思った。
アパートのドアを開けると、ふわりと知っている香水の匂いがした。
「ビル!!」
泡を食った様子のキースにビルは何事かと眉をひそめる。
「あ、ビル、お帰りなさい!」
その後ろからでてきたのはビルの彼女だった。エプロンをつけて現れた彼女にキースは困った顔をしている。
「キースさんに入れてもらったの。今日、お得意さんとお食事だったでしょう?最近大変だったみたいだし家事代わりにやっておいたわ」
そう言って彼女はビルに抱きついてキスをした。
それを、キースに見られるのが不快だ、とビルは思った。
華奢な体をビルは少し乱暴に突き放す。
「やめてくれ。ここはプライベートスペースじゃないんだ」
彼女はキースをちらりとみて少しだけ眉をひそめた。
その表情がどうしようもなくいやだった。
「勝手に入っていい、と言った覚えはない。帰ってくれ」
ビルが吐き捨てると、彼女の顔に朱が走る。ぱしん、と乾いた音がして、頬に衝撃が走る。
「バカっ!!」
彼女はエプロンをかなぐり捨てて、彼女の荷物であろう鞄を乱暴にとると、玄関に立っていたビルを突き飛ばしてドアを乱暴に閉めた。
ばつが悪くて、ビルはキースと顔を合わせることができなかった。
「ごめん」
唇を拭うと赤い色のルージュが手についた。
「僕、疲れたから寝るわ」
「……わかった」
一度もキースの顔を見ないままビルはキースに背を向けて自分のベッドのある部屋に向かう。
あぁ、よく頑張った、って言ってあげられなかったな、と思った。
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