「やあ、ギルバート」
背後から話しかけて、声の心当たりを探しながらビルは振り返った。振り返った先に居たのは、学生時代同じ学科で、シュテルンビルトに本社のない会社に就職した男だった。
「君か。帰ってきてたのか」
「何だ相変わらず素っ気ないな」
カラカラと笑いながら、ビルの肩を叩いた男はビルとは悪友とも言えるような仲で、それを非常に懐かしいと思いながら、君も変わらないな、と歯を見せて笑って見せた。
「変わらないように見えるか?」
そう冗談めかして言いながら男はビルのグラスに目をやる。
「何だ、ノンアルじゃねーか。折角なんだから飲めよ……あ、まだ酒で失敗してんのか?」
「……お前を一緒にするな。今日はそういう気分じゃないんだ」
「……へぇ、……もしかして、そっちの、彼女?」
そう言って、さり気なく彼から目立たないように身体で隠していたカリーナを指摘されて、内心空気を読めよ、と舌打ちをした。
カリーナは、こういうビジネスの側面が強いパーティーは慣れていないようで、さっきから少し疲れた様子を見せていたので、会話に混ぜないでさっさと切り上げる腹積もりだった。
先に休憩をすすめておくんだった、と後悔しながら、紹介しないのもおかしいので、身体をずらしてカリーナを対面させた。あまりカリーナの近くに彼に入られないようにさり気なくブロックをしておきながら、紹介するよ、とカリーナに話しかける。
「私の学生時代の友人なんだ。ファビアン・ブランシェールっていう。彼女は、カリーナ・ライル。知り合いからエスコートを頼まれているから、変なことはするなよ」
自分の女性関係やら、あることないことを暴露されないようにさり気なく釘を差しながら言うと、ファビアンが意味ありげに目配せをしてきた。それを冷たい目でいなしながら、ビルは親しげに絡むふりをして、彼の背中を強めに叩いた。
「……はじめまして、ファビアン・ブランシェールです」
「どうも、カリーナ・ライルです」
息を詰めて、それでも笑顔を崩さないファビアンに、大したものだと思いながら、ビルは咳き込むくらいが可愛げがあるのだが、と思った。カリーナとファビアンが握手を交わす。
「無愛想だけど、良い奴でしょう、コイツ」
そう言いながら、お返しとばかりにビルを小突いたファビアンに、相変わらず空気の読めない、とビルは思いながら、今度は靴を踏んでやろうかと考える。
「ええ、とても」
カリーナがそう答えるのに、気を使わせてしまったような気がすると気が気でなく見守る。それから、ファビアンはローストビーフは食べたかだとか、ヒーローだと誰派だとか、シュテルンビルトのヒーローはやはり良いだとか、そんな話をしてから、「俺はここで。ふたりとも楽しんで」と言って、ビルの耳元で「趣味変わったな。可愛い子じゃないか」と言い残して去っていった。去り際に足に蹴りを入れてやろうと思ったが、間に合わなかった。
「……すまない、悪いやつじゃないんだが」
「いや、全然!」
そんなことないです、とビルの謝罪にあわてて両手を振って答えた彼女に、ビルは少し曖昧に笑った。もともと、あまり、若い子の相手は得意ではない。さっきのファビアンとの会話で楽しげにカリーナは答えていたから、もしかするとそういうことはあいつのほうが、得意なのかもしれないと細やかな自己嫌悪を感じながら、言葉を選んだ。
「……ヒーローだと、ワイルドタイガーが好きなの?」
「あ……、はい、」
それに、ファビアンは渋いね、とコメントしたのだが、ビルはそういうコメントをするタイプではない。ネイサン・シーモアはファイアーエムブレムだが、そっちでもないし、若い子に人気のバーナビーでもない、と思いながらビルは、そういう趣味の子もいるか、と結論づけた。
「彼、格好いいからね」
「……そう、なんです」
少し頬を赤くするところが可愛らしい。
「俺はね、スカイハイが好きなんだ」
へえ、とカリーナは言って、少し考えるようにして、ビルの顔を伺った。
「頼もしいよな。登場するだけで安心感がある」
「ワイルドタイガーとは逆ですよね、アイツ、出てくるだけで、ハラハラして、」
アイツ、という言葉に少し引っかかりながら、ビルは若い子はそんなものなのだろうか、と思って、相槌をうった。


「少し休憩してきたらどうかな」
「え、」
ワイルドタイガーについて熱く語っていたカリーナが落ち着いてほっと息をついたところで、ビルは彼女に少し会場の外にでて一息ついてくることを勧めた。
「ごめんなさい、私、しゃべり過ぎちゃって、」
「いや、とても楽しかった。今日はこんなに楽しい予定じゃなかったから、嬉しいよ」
その言葉に嘘はない。カリーナのワイルドタイガー話はとても面白くて、こっちまでついうっかりワイルドタイガーのポイント変遷まで覚えてしまいそうになったが、彼女が少し疲れてそうだ、とビルは感じていた。
「少し、疲れた顔をしてる」
ぱっと両手で顔に触れたカリーナに、ビルは少し笑って、綺麗だから心配しなくていいよ、とフォローをした。
「えっと、」
顔を赤くしてしまったカリーナに、言葉選びを間違えたことに気づいて、しかし、ここで訂正する言葉も無く、参ったと苦々しく思う。やっぱり任せてくれたネイサンには悪いが、こういうことは自分には向かないらしい。
「お化粧直し、してきます」
「俺はここにいるから」
「はい、」
少し慌てた様子で、カリーナが会場から出て行くのを見守りながら、ビルはやっぱりそれでも、こういうのも悪くない、と思った。

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