シャワーを浴びたキースは冷蔵庫のミネラルウォーター取り出して蓋を開きながら、異変に気づいた。

ジョンがソファーに向かってしっぽを振っている。
どうしたんだ、と声をかけながら近づいて、キースははっと声を押し殺した。

ソファの上でビルが寝ていた。

うるさかったのは自分なのに、キースはあわてて唇に人差し指を当てて、ジョンに向かってシーっと言う。
ジョンはそれを理解したのかしていないのか、いつもの表情でお座りをしてしっぽをひと振りした。

こんなところで寝ては風邪を引いてしまう。部屋に運ぶ、という手段もなくはなかったが、運んでいる最中にビルが起きてしまう確率の方が高かった。

キースは自分の寝室に忍び足で入って、毛布をとってくる。それをそっと広げてビルが起きないようにふわりと広げて彼の肩まですっぽりと毛布で覆った。

彼は、自己管理どころか、キースの生活面のケアまでをしっかりこなす。そんな彼がこんなリビングのソファの上なんかで寝てしまうことは滅多にない。

こうやってビルがソファで眠ってしまうときっは決まって彼がとても疲れているときだと言うことをキースは知っていた。

毛布を掛けたことで起きたのではないかと息を止めてビルの顔をのぞき込む。起きる気配のないことにキースはほっとして今度は遠慮なく彼の顔をのぞき込んだ。

見た人が受け取る印象ほど釣り目ではないと思う。

額にかかった髪の毛を梳く。黒い髪の毛はしっとりと水気を含んでいた。ひとに髪の毛を乾かすように口うるさく言う癖に、乾かさずに寝てしまったらしい。毛布を掛けても髪の毛に触れてもビルが起きないのだから、キースが気づかなかっただけで相当疲れていたのだろう。
ビルは隠し事がうまい。

だからという訳ではないが、キースがビルの体調の変化に気づくのはいつもいつも、彼の容態が彼が隠せないほどに悪くなってからだった。彼は、自分が気づくよりも早く、気づいてくれるのに。
今回は、少しだけ早かっただろうか、と思いながら額に落ちてくる髪の毛をそっと小指でのけた。

ジョンが足下で丸くなって睡眠の体制をとった。

起きている間きゅっと結ばれている唇が無防備に薄く開き、意志の強そうな瞳は瞼の裏側に隠されることで印象を大きく変える。
これを言えば彼は顔を真っ赤にして拗ねて口を利いてくれなくなること必須だから、キースが言うつもりは更々ないが、こうして眠っているときの彼はとてもかわいい。

気が済むまで髪の毛を梳いてから、寝顔を眺めていたキースは、少しだけ物足りなくなって手を止めた。キースが触っていた部分の髪の毛が微かに乾いているから、随分ながく触っていたのかもしれなかったが、ビルは一向に起きる気配がない。

寝かせてあげたい、とおもう反面、彼が起きて、今日の話を聞いてくれることを期待していたキースは、困ってそのままビルの寝顔を眺める。

きっと、このまましばらく起きないだろう。いや、きっと彼のことだから、起きたら起きたで読んでおきたい資料があるんだなんて言い出して夜更かしするのだから、起こすべきではないのだ。
そっとため息をはいて、寝顔を見つめる。
キースは額に落ちてきた髪の毛を癖がつかない程度にそっとのけて、息を殺して暖かい額に唇を押しつけた。

リップ音一つさせることなく離れてから、彼が起きていないことを規則的な呼吸でもって確認してからキースは照れくさくなって少し笑った。

おやすみのキス。

彼とルームシェアをはじめた時、家族がしてくれているのと同じようにキスを求めて怒られたことがある。それ以来、キースはそれを求めていないが、たまにはいいんじゃないだろうか、と思ったのだ。
起きている間なら絶対にさせてくれないこと。

それを横目でみていたジョンと目があって、キースは慌てて唇に人差し指を当てる。わかったのかわかっていないのか、キースの足下で寝ていたジョンはしっぽをひとつ振ってから目を閉じた。

彼がこうやって眠っているのも悪くないかな、という思いが半分と、彼の自分の名前を呼ぶ声が聞きたいという感情が半分。

キースは口の動きだけでビルに告げて、そっとリビングから出て常夜灯に切り替えた。

リビングから出ていくキースを片目をあけて見送るジョンは今日はビルのそばで寝るらしい。
キースはそれが少しだけうらやましい気がして、苦笑した。

明け方ソファーで目を覚ましたビルは、かけられた自分のものではない毛布に、起こしてくれればよかったのに、と小さくつぶやいてから、キースの匂いのする毛布に顔を埋めて小さく笑うのだった。

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